コンッ、ガチャ_
ノックを一回、そしてすぐに扉を開けるのはこの部屋に自分が帰ってきた合図であって、それは三年前から変わっていない習慣。開ければリヴァイがそこにいる確率は七割強、そしてリヴァイが一人でいるのは百パーセントだったが、
「…………、」
たった今そのパーセンテージは脆く崩れ去った。
「――あら、あなたは昼間の…」
部屋に入ればそこにはリヴァイと、あの、女の人の姿。二人はただその部屋の中である程度の距離を保って立っているだけなのだが、またもやその部屋に漂う空気は昼間と同じで何だかイケナイ光景を見てしまったような気持ちに陥る。…あぁ、またもや自分タイミングを間違えましたでしょうか。
「…こんにちは、……すいません、」
お邪魔しました、と何も見てません(いやだから二人は特に何もしていない)と言うようにさりげなく出ていこうとしたのを昼間同様リヴァイに「待て」と命ぜられ、ルピは半分占めかけた扉を止める羽目になった。
「ここはお前の部屋だ。お前が出ていく必要はない」
出ていくのはコイツだ、なんて。冷たく言い放つリヴァイの顔はやはり怖い。昨日からずっと怖い。寧ろこの顔が普通なのかもと思えるほどに、怖い。
「そんなこと言わないでよ。…あなた、お名前は?」
「あ、えと、」
「テメェに教えてやる義理はねぇ」
「もう。せっかくなんだから三人でお話しましょうよ」
「俺はテメェと話すことなんざ微塵もねぇな」
「…相変わらず冷たいのね。変わらないわね、アナタも」
「とっとと出てけブタ野郎」
「……あの、…私、」
「お前は黙ってろ」
「…………」
はい、すいません。ルピは心の中で精一杯の謝罪をした。
一体これはどういう状況なのだろう。ルピは一人混乱の最中にいた。この人は誰でどうしてここにいるのか、リヴァイは怒っているのに何故その人は平然とキレイな笑みを保っているのかが分からない。一方的な怒りは今のルピにとっては理不尽極まりなくて、しかしそれをとやかく言えるような雰囲気でも立場でもないしたった今黙っていろと言われてしまったのでどうする術もないのだが。
「この部屋……この子の、って言ったわよね」
「だったら何だ」
「この子とここで一緒に"暮らして"いるの?」
「お前には関係ない」
「……随分"大切"にしているのね」
リヴァイはその言葉に一瞬、今以上に不機嫌な顔を示したように見えた。
「…………コイツは俺のペットだ」
出た、ペット。だからペットって何なんですかなんて、…今聞いたらきっと瞬殺されそうなのでやめておくが。
「ペットが飼い主と同じ部屋にいて何が悪い」
「…ふぅん、ペット。……確かに、そんな感じね」
分かったらとっとと出てけよ。首であしらうリヴァイに折れたのか、その人は渋々といった感じでユックリ扉の方―自分の方へ歩いてきた。
其の間、ルピもその人も互いに相手の素性を探るかのようにその視線を交じらわせたままで、そして互いに何も発さなかった。
すれ違いざまになってルピの頭を一つ撫でて「またね」なんて言葉を残してその人は去って行ったが、
「……、」
…その笑みに、ゾワリと泡立った背筋は緊張からか、恐怖からか。
「――あの人が、"ウォルカ"さんですか?」
そうしてパタリと扉を閉めて、少し軽くなった空気を感じながらルピはようやく言葉を紡いだ。
二人が言い合う最中にふと思い出した先ほどのオルオとペトラの会話と、昼間の事。この調査兵団に"ウォルカ"という人が帰ってきた。帰ってきたその人が向かう先は、きっとそのトップの元。そしてそのトップの元に自分が今までに見たことがない人がいた。全てのピースがそこに当てはまるような気がしたのだ。
「誰から聞いた」
「…ペトラとオルオから、少し」
「前にも言ったがアイツには関わるな」
いいな。そうとしかリヴァイは言わなかった。
「……、わかりました」
予想は的中するも、結局そのウォルカという人物が何者なのか分からないままその話は終わってしまった。
しかし、リヴァイの前でその人の話がタブーだということは既に暗黙の了解である。リヴァイの今までにない雰囲気に二人の間に言い知れぬ何かがあると悟らされたルピは、その後彼の前で彼女の話に触れるのを避けるようになった。