05




…"ウォルカ"という人物についてルピがようやく知れたのは、その翌日夕方近くになってからだった。


「――諸君、第41回壁外調査御苦労だった」


前回の壁外調査に出兵したおよそ三分の一の兵が集会場に集められ最初はその話から始まったが、壁外調査後にこうしてエルヴィンが壇上に立ち話をするのはこれが初めてで、そうしてそこに集められた兵も自分が知る限りでは過去三年以内に訓練兵を卒業した者たちばかり。古株でいるのはミケとハンジくらいで、リヴァイがそこにいないのもルピは妙に気になっていたところだった。


「――それと…新たに壁外調査に加わる者がいるので紹介しておく」

「…!」


前回の壁外調査を労う為に集めたにしてはその話はやけにあっけなく終わったと思って即、袖から出てきたその人。今まで何度も目にしてきたその人はその時からあった笑顔を変わらず見せてくれていた。


「彼女は"ウォルカ・ヘーラー"、三年前まで調査兵団の主力だった者だ」

「!」

「三年前の調査で酷い怪我を負い今まで兵を退いていたんだが、復帰する事になった。よろしくしてやってくれ」


ざわざわと、周りが音を上げ始める。華奢で可憐なその人がまさか元調査兵団の主力だなんて信じられないからだろう。

ウォルカは変わらず笑っていた。「三年間現役を退いていたから皆の方が先輩ね」なんて、エルヴィンの時には張り詰めていた空気が彼女のその冗談めいた言葉と雰囲気によって和やかなものに変わる。
本当に、今までに出会った事のない感じの人物だと改めて思う。どちらかといえば憲兵団にいそうな高貴な雰囲気の持ち主がこの危険な調査兵団に属していて、まして主力だったと聞けば驚きをその表情に浮かべたのはルピも皆と同じだったが、


「では、これにて解散。次回の遠征に向けての準備を各自しっかり行っておいてくれ」

「「はっ!!」」


最後に、ウォルカと目が合った。微笑む彼女。変わらぬその笑顔は素敵としか言いようがなくてきっと誰もがその笑顔を向けて欲しいと思うに違いないが、…それでも何故かルピは心からそう思う事が出来ずにいた。


「……、」


その目の奥は、笑っていない気がした。


 ===


「――エルヴィンさん」

「!」


その後、ルピはエルヴィンを追いかけていた。ようやく得た彼と話す機会。本当は彼から労いの言葉を貰う前に自らの行いを謝りたかったのだが、致し方ない。

部屋で話そうかと言うエルヴィンに着いて行き、団長室へと入る。そうして自分の暴走を謝ればエルヴィンは以前同様優しく諭してくれた。いつまでもそんな事を引き摺っていてはいけない。後ろは振り返らず、前だけを見据えていけば問題ないのだと。


「しかしルピ、覚えておきなさい。…人は何かを切り捨てなければ本当に前には進めない」

「…、はい」


一瞬の判断が全てを決める。迷いのある者を待っているのは死のみ。…そんな奴らをたくさん見てきたと言うエルヴィンの顔が少し曇った気がして、ルピはそれ以上その話を続けるのを避けた。


「……あの、」

「なんだい」

「…ウォルカさんって、どういう人なんですか?」


エルヴィンが全体に話したのは彼女の"表面"だけで、人物像はまだ分からないまま。リヴァイの部屋での出来事も先ほどの微笑みも含めて、ルピはどうしても彼女の事が気になって仕方が無かった。


「覚えているかな…随分前になるが、ルピと同じように訓練された者がいたと話した事があるだろう?」


それはルピがリヴァイの訓練を受ける最中、初めてエルヴィンが顔を出した時の事。あの時はさほど気にも留めていなかったが、それはちゃんとルピの記憶の中に残っていた。


「…そのうちの一人が、彼女だったんだ」


リヴァイの特別訓練を受けた中で、初の女の子。それがウォルカだった。ルピほどではないが、それでも当時彼女はかなりの実力者だったとエルヴィンは言う。昔の自分同様彼女は調査兵団の中でもかなりの有名人と化していて、誰もが認める存在だったそうだ。


「……リヴァイさんは、どうしてあんなにウォルカさんを嫌うんですか?」


ルピが気になるのは寧ろそこだけだと言ってもいい。調査兵団の中であんなにもリヴァイが厭う人物を今まで見た事が無いのだ。あの人と関わってはいけないと念を押す理由が知りたかった。リヴァイにはもう聞けないからエルヴィンに聞いている。彼なら、全てを知っている筈だろうと。


「…そうだな。ルピは知っておくべきかもしれない」

「?」

「いいかルピ。彼女を調査兵団の仲間だと思ってはいけない」


――彼女は、敵だ


…その部屋の空気が、一気に変わった気がした。



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