06




『――おいエルヴィン、どういうつもりだ』


いつも以上に勢いよく開けられた扉の向こうから現れたその姿はいつも以上に黒いオーラを纏っていて、その理由を分かりきっているエルヴィンはそれでもいつもと同じようにそれを向かえ入れていた。


『……彼女がそれを望んでいる。それだけだ』

『戦力なら十分あるだろう。…アイツを入れたところで何の得がある』


だいたい俺に内緒で話を進めるのが悪いんだなんて、いたらいたで話をややこしくするからこそ彼女の復帰を決める会議にリヴァイを呼ばなかったのだが、…きっと彼にそう言っても何の意味もなさないことなどエルヴィンはお見通しで、そうして深く息を吐き出した。


『彼女は貴重な戦力だ。それはお前も分かっている筈だ、リヴァイ』

『…忘れたワケじゃねぇだろう。アイツのせいでどれだけ――』

『確証がない。…あの時もそれで話はついたはずだ』


リヴァイは苦虫を噛みしめたような顔をしていた。たとえルピのお蔭で被害が減っているとはいえ、兵の枯渇問題がこの調査兵団から無くなる事はない。戦力―主力は少しでも多い方がいい。リヴァイだってそう思ってはいるが、…それでも、彼女には"問題"がありすぎる。


『間違ってもルピを同じ班にするんじゃねぇぞ』

『…あぁ、わかっている』


コンコン_


『…ウォルカだ。彼女の前でその話をするのはやめろよ、リヴァイ――』




「――……、」


エルヴィンは閉じた目をユックリと開けた。リヴァイとのやりとりによって思い起こされた過去の出来事達。エルヴィンは一つ意気込むように息を吐き、それを語りだした。


「ウォルカは――」


最初は本当に優秀な兵として、彼女は壁外で多大な活躍をしていた。巨人を初めて目にしてもそれを恐れずに立ち向かう様も、調査兵団として命を賭しても構わないというその姿勢も本当に素晴らしいもので、リヴァイもそれを認めていた。自身が育てたそれは当時、彼にとっても自慢であった事は間違いない事実でもある。

エルヴィンはその後彼女を分隊長に昇格させた。実力もその精神力もそれに見合うものだと判断しての事だ。隊を率いる者として、仲間の命を背に背負う者としてその任務をしっかりと全うしてくれるのだと誰もが思っていて、彼女の班にいれば安心だなんて声も少なくなかった。

――しかし、


「班としての活躍も間違いなくトップクラスだった。…だが、彼女の班には次第に妙な噂が絡むようになってね」

「…噂?」

「彼女が"故意に人を殺めている"という噂だ」

「…、え?」


活躍とは裏腹に彼女の班の生存率は極めて低いものだった。巨人討伐の為に命を賭すのを厭わず好戦的な印のように最初は誰もが思っていて、いつしか彼女の班は特攻班と呼ばれるようになっていたが、…回を重ねるごとにその噂が広まるようになっていたのである。
彼女がその手で人を殺めているというものではないのにも関わらずそんな風に言われるようになったのは、班の生存率が極めて低いだけではない。かろうじて生き残った兵がそれを告げたのだ。


「…笑っていたそうだ」

「?」

「人が巨人に喰われているのを見て、彼女は笑っていたと」


まさかそんな筈はないと誰もがそれを疑ってかかった。その兵は巨人に殺られかけて幻覚でも見たんだなんて言ってその事実を否定しようとする者もいたが、…それでもその噂がその後消える事が無かったのは、その根底がだんだんと明らかになってきたからである。

大抵、というより殆ど班員は団長であるエルヴィンが決めるが、班長から要望があればそれを所属させる事だってある。ウォルカが班長になった当初その班員はほぼエルヴィンが決めていたが、ある日を境に彼女は自ら班員にする者を選ぶようになったのだった。
それをエルヴィンもリヴァイも最初は気に留めていなかったが、その噂が広まるようになってからリヴァイはそれに気付いた。…彼女の班員に、共通点がある事に。


「彼女の班員になる者は、…リヴァイが"関わっていた"事が多かった」

「…!」


彼が一目置いた者、彼に好意を寄せていた者、…そして、彼と"特別な関係"を持った者ばかりがそれに選ばれている、と。


「それで一度リヴァイは彼女を問い詰めた事がある。しかし彼女は白を切っていた。…当然と言えば、当然だがな」


そうしてリヴァイはウォルカを調査兵団から追放することを提案したが、それは議会に通らなかった。リヴァイは兵士長で他の者たちよりも多く人に関わる立場である。だからそれはただの偶然と言えば偶然で終わるし、兵として命を賭すのがそれらの使命である以上人の死に難を付けるのは良くないと判断された為だ。

エルヴィンもそれに何の異論も示せなかった。彼女が故意に人を殺めているという全てに置いて確証が無い。それを誘発しているとしてもそれを見た者も聞いた者もどこにもいないのが事実であって、そう、言ってしまえば本当にそれはただの噂に過ぎなくて。


「…誰もがそれに目を瞑ることにした」

「…、」

「事実、彼女の功績で命を繋げた兵だっているんだからな」


そしてその"噂"はそれぞれの心に留められ、そうして時は過ぎていった。


――三年前の、あの日まで



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