07




「…一つ、聞いてもいいですか?」

「あぁ、」

「ウォルカさん、大怪我を負った…って言ってましたよね?」


大怪我を負って三年後彼女はこの調査兵団に復帰したと聞いた。ただ、そこには少し引っかかる部分がある。三年前自分は調査兵団内にいたが、その人の名を聞く事も姿を見る事も無かった。それに、彼女は"帰ってきた"と誰もが言っていた。…彼女は一体、どこにいたのだろうかと。


「彼女は行方不明だったんだ。今の今までな」

「……そう、だったんですか」

「そうだ。…ルピ、キミを拾った壁外調査で彼女は姿を消した」

「…!」


そしてその時から彼女の名を口にする者はいなくなった。陰で兵団の"問題児"と言われていた彼女がいなくなった事で、そう、この兵団に"平和"が戻ってきただなんて大袈裟に思う者も少なく無かったのだが。


「…突然だった。まさか三年越しに彼女が戻ってくるなんて、誰も思っていなかっただろう」

「……」

「…彼女が帰ってきたと聞かされた時のリヴァイの剣幕は、それはそれはすごいものだったよ」




『――今さらのこのこ戻ってきやがって…どういうつもりだ』


兵からそれを聞かされて即、エルヴィンとリヴァイはそこへ向かった。その名が発せられる事も彼女の黒い歴史を掘り起こす事だってもう無いと、長い年月の上で確立されてきたそれがいとも簡単に脆く崩れ去る事を感じながら。


『…この三年間、何をしていた』

『あの遠征で私、死にかけたわ。…初めてよあんな経験』

『死晒される者の気持ちが少しは分かったんじゃねぇか、あァ?』

『…リヴァイ、よせ』

『テメェそれで何故生きてやがる。…まさか死んで化けて出てきてるなんて笑えねぇ冗談ぬかすんじゃねぇだろうな』


巨人にボロボロにされて動けなくなっていた彼女を助けたのは、同じように怪我を負ってその場に取り残されてしまっていた班員の一人だったそうだ。彼の馬に乗せられ運よく巨人に遭遇せずにローゼ内に帰れたがそこで彼は力尽きてしまい、ウォルカは一人その場に取り残される事となったと言う。


『その時の記憶は曖昧だけど、…気付いたら私は温かいベッドの上にいたわ』


そんな彼女を助けたのは、とある山奥に住む老人夫婦。彼らに問えば一年半以上まるで眠り姫のようにその目を覚まさずにいて、そうして目を覚ましてもその身体を動かす事が出来ずにいて。


『…こうして元通りになるまで、三年かかったってワケ』


その時はエルヴィンもリヴァイもその話を信じる事しか出来なかった。悪運が強いだなんて悠長に思ったのも一瞬で、そうして彼女が以前の姿のままで戻ってきた事でリヴァイの中に甦る忌まわしき過去。…それと共に脳裏に浮かぶ人物の顔は、今も記憶に新しくて。


『…会いたかったわ、リヴァイ』


好色を含んだようなその声がそれをかき消して刹那、リヴァイの顔はより一層黒く歪んだ。


『やめろ、反吐がでる。俺はお前の面など二度と見たくなかった。もう見ないで済むとせいせいしてたんだがな』

『…相変わらず口が悪いのね』

『黙れ。巨人の腹ん中に黙って収まってくれればよかったものを――』




…よくもまあそんな次から次へと毒が吐けるなんて、それからエルヴィンは溜息を吐く事しか出来なかった。


「…誰もがもうその過去に触れようとはしなかった。彼女を知っているのは三年以上前にこの調査兵団に所属していた者たちのみだからな。…それももう、少なくなったが」

「……、」

「彼女をこの場に戻したのは、ただ単に彼女の力が必要なだけではない。…彼女のそれの確証を得る為でもある」

「!」


リヴァイは前面にそれを出しているが、エルヴィンは表に出さないだけで彼女のそれを暗黙しているワケではない。自分達が戦うのは巨人であってその為の貴重な戦力をたかが一人の"野暮な目論見"の所為で失うわけにはいかないのだとエルヴィンはその時から思い続けていた。


「私がそれを立証しようとした矢先、彼女は姿を消した。…それで解決するならそれでもいいと思っていたんだがな」


しかし三年後。ようやくその時は訪れた。

――彼女の化けの皮を剥がす、その時が


「…ルピ、気をつけなさい」

「?」

「彼女が最初に狙うとしたらそれは、」


自分だと、エルヴィンは迷いも無くそう言った。



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