パタン_
エルヴィンの部屋の扉を閉めて刹那一つ息を吐いてルピはその足を進めたが、行きよりも大分重みを増した足は思った以上に早く進んではくれなかった。
自身が知りたかった事実が想像していた遥か向こう側にあって、そうして受けた忠告が今だ脳に浸透していかない。どうして自分なのかとエルヴィンに問うても「リヴァイに深く関わっているからだ」としか言ってくれなくて、根本はそれであってもじゃあ何故リヴァイに関わっていたら彼女に狙われるのかという理由は分からないままで、
『ただ…今後、彼女が"今まで通りの手"を使うかどうかは分からない』
たとえルピが人類の希望で調査兵団になくてはならない存在だとしても恐らく彼女には関係の無い事だろうとエルヴィンは言った。だから普段も十分警戒を怠るなと、…それはまるで彼女が自ら手を下すような言い方だった。
『ルピ、キミは耳も鼻も、そして勘もいい。今後何かしら"感じたら"すぐに私に報告しなさい。いいね?』
出来る事なら普段から彼女との接触を避ける事。最後にエルヴィンは、そんな命令をルピに下した。
「――……」
一体彼女は何者なのだろう。全てを聞いた筈なのにルピは分からなくなっていた。
――あいつには関わるな
リヴァイは最初からそれに気づいていたからこそ自分にくどくそれを言い聞かせたのだろう。…でも、どうして、何故。
確かに最初から感じていた彼女へのそれは決して良いモノでは無かったように思う。自分に向けられる眼差しもそう、今までにない雰囲気の中に含まれる気がして、それに彼女がリヴァイを見る目だって、
「――あら、こんにちは」
「っ!」
ビクリ、とルピは肩を震わせその足をピタリと止めた。考え込んでいた為かその人が近くにいることに全くと言っていいほど気づけなかった。
ウォルカはいつもと同じように綺麗な笑みを浮かべ、自分の元へと寄ってきた。エルヴィンの命が下されて早速それを破る羽目になるとは思いもよらないが、…「偶然ね」なんて言うそれは待っていましたと言っているようにも聞こえた気がして、
「ルピちゃんよね?聞いたわ、あなたの話」
そうしてウォルカは自分と並んで歩きだした。何とかしてこの場を抜け出さなければならない裏の理由はたくさんあるのに、表面上の理由が無くて結局ルピは彼女の隣を歩く事しか出来ずにいた。
…これをエルヴィンに見られたらきっと呆れた顔をされて終わるだろうが、リヴァイに見られたらと思うと恐怖で話が弾まない。ルピは彼女の話を聞きながら、鼻を懸命に働かせる。
「ルピちゃん、あのリヴァイの特別訓練受けていたって?」
「…はい」
「三年前からずーっとリヴァイと一緒にいるんでしょう?あの人冷たいし口は悪いし最悪だと思わない?」
「……そう、ですかね」
「でも、彼すっごい人気者なのよね。今もそれが顕在なのに驚いたわ」
自分の話をしているらしいのに結局リヴァイの話が出るのは、自分がリヴァイに関わっているからであってそれはきっと自然な事に違いないのに、…どこか気疎い感じが付きまとうのは噂をしてそれが現れるのを恐れているからだろうか。
「……でね、さっき、嫌な事聞いちゃったの」
「…嫌な事、ですか?」
「そう。"ルピちゃんが兵長と一緒にいるのが気にくわない"って」
ドクリ。一つ心臓が反応する。
「優秀だからって兵長にちやほやされて、」
「……」
「何様のつもりなんだろう、って」
ぶわりと甦った忘れかけていた感覚。忘れていたわけではない。薄れていた。…自分が、他人から受けるその感覚を。
「それにね、兵長だって男なワケじゃない?兵長はあなたのことペットだって言ってるけど…ペットが部屋にいたら女を連れ込めないじゃないって言うのよ、下品よね」
「……はぁ、」
その話の意味はよく分からなかったが、…いや、それからの話はよく覚えていないのが本音。
調査兵団に入ってから直接的なものが無く間接的なものばかりだったからか、加えて今までにない日常を手に入れそれに浸っていたからか、"第三者"からの言葉でもそれはルピを喪心させるのに十分だった。
"極端に"減っていた筈の自分への厭忌。着実に確立してきた己の存在のあり方をこうして否定されるなんて思ってもいなくて、そうして抱かれた新たな形のエモーションを端的に表す言葉をルピは知らない。
「気にすることないわ、ルピちゃん。言わせたい奴には言わせておけばいいのよ」
…それでも、分かる事が一つだけあった。ニコリと向けられた笑み。その目の奥に渦巻く何か。
――彼女は、敵だ
…きっとそう、彼女もそのうちの一人なのだと。