「――ただいま戻りました」
「あぁ、」
部屋に入ればいつも通り、リヴァイはソファに腰掛け書類に目を通していた。
…もしもここに自分がいなければ、なんて。リヴァイの部屋にあるもう一つの存在の自分を客観視するかのように、ルピはその姿と部屋全体を眺めていた。
――兵長と一緒にいるのが気にくわない
今までそう、皆が向ける目はただ単に自分の存在を不審がるものだけだと思っていて、リヴァイと一緒にいる自分が疎まれるという事を考えた事が無かった。彼の隣にいて彼と一緒に行動するのが当たり前になっていて、それが調査兵団の当たり前でもある、だなんて。
リヴァイの部屋に置いてもらっているのもそうだ。彼の部屋にいる事は"命令"でそしてそれに自分は従っただけで、当たり前な事なのだと。それをリヴァイ自身が下した命だったならば問題はないと、…いや、ずっとそうなのだと思い込んでいた。
――エルヴィンが言っていただろう。俺がお前の"護衛"だと
例えばそれがリヴァイの意思ではなくて、与えられた命だったならば。彼だってそれに仕方なく従っただけなのだとしたら。…彼に、迷惑をかけているのだとしたら。
「……あの、リヴァイさん」
「なんだ」
「……私は、ずっとこの部屋にいていいのでしょうか?」
書類を捲ろうとした手をピタリと止めてリヴァイはそこで初めてルピに顔を向けた。ルピはただじっとリヴァイに目を向けている。その顔に特に偏った表情は見られないが、それを問うという事はそれなりに何か考えるものがあったからだという事は分かった気がした。そうでなければその今さらな質問の意味が無い。リヴァイは不審そうに「何故そう思う」と問い返す。
「…私がこの部屋にいて、気分を害される方がいるらしいので」
「誰がだ」
「…それは、分かりません、けど」
リヴァイは一つ大げさに息を吐き、書類をポイとテーブルの上に放った。
大方それを言った―いや、彼女に告げた犯人は言われなくとも目星はついていた。イコールそれはルピがそれと関わった事を意図していて、だからと言って彼女を責めてもきっと無駄だろう。向こうから来られれば彼女に拒否権が無い事は考えなくても分かる。
…だから余計に溜息が出る。彼女から接触しなくとも、それが彼女に接すれば結局同じ事なのだから。
「…私がいたら、迷惑ではないですか?」
「迷惑ならとっくに追い出している。俺が"そういう奴"だって事、お前が一番分かっていると思ってるが」
「……そう、ですね」
「何を言われた」
「ペットが部屋にいたら女を連れ込めないって」
淡々と、そう、本当に淡々とルピはそう言った。
それはルピに攻撃を仕掛けたつもりなのだろうが、当の本人は無意識にその攻撃をかわしている。いや、かわしてなどいない。それが攻撃だという事を分かっていないのだ。
彼女は他の奴らとは違う。…特にウォルカのような女とは。恐らくウォルカはまだそれを知らないし、ルピもウォルカのような女を知らない。
「……ただの戯言だ。気にするな」
…あぁ、だから余計に溜息が出る。その意味も知らないクセにサラリとそんな事を言ってしまう彼女の表情が変わらない事に、何故かリヴァイは癇性な気持ちになっていた。
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…その日を境に、ルピはウォルカにやたらからまれるようになってしまっていた。彼女が全力でそれを避けているのはリヴァイも知っているが、ウォルカはルピを監視し追っているのではと思うほどに遭遇率を上げてくるのだった。
そうしてルピが彼女に会うということはイコール自分もそれに会うという事だがしかし、リヴァイは"ルピの前では特に"それと話そうとはしなかった。
ルピとウォルカの接点をなるべく減らそうとすればするほど自分は彼女を貶してしまう。"公共の場"においてそれは出来ない。兵士長と言う立場の自分が極端にそれを忌み嫌いそれに罵声を浴びせ続ければ、彼女の素性を知らない兵達が不審がってしまう恐れがあるからだ。
「――ルピちゃん、おはよう」
そうして今も食堂でバッタリ会ってしまい、リヴァイは避けるようにそれと距離をとりその光景を監視しているのだが、
「(……おい、誰か何とかしろよ)」
そういうワケがあったとしてもリヴァイが苛々してしまうのは、致し方ないとて片付けていいものなのか、どうなのか。
「(…兵長の機嫌取りはルピの担当だろ?)」
ウォルカが帰還した事で甦った過去が鳴らした己への警鐘は人類の希望の存在が危ぶまれるようになったものばかりだと思っていて、そうしてそれに関わらぬようにと忠告した。
…ただ、それが及ぶのはあくまで壁外での話。日常で危険に晒される確率が寧ろ無いに等しい事など自分が一番良く分かっている筈なのに、…一体何を警戒してこんなにも煩わしさを感じ続けているのかが分からない。
「(…人類最恐、再降臨…)」
純粋無垢なルピがウォルカの奸譎さに染め上げられることを懸念してか。
「……、」
――その口から"己らの過ち"が発せられ、ルピに知られてしまう事を恐れている為か
「……ルピ!行くぞ」
「!はいっ、」
自身の苛々を表すかのようにガタンと大きな音を立てて、リヴァイはそそくさとその場を去った。
…通り過ぎる際の彼女の視線の熱さに、気付かぬフリをして。