07




「――どう思った」

「……嘘は言ってないだろうな」


地上へ続く階段を登り切って後、リヴァイはようやくエルヴィンに問いかけた。


「…疑いは晴れねぇか?」


調査兵団の行動の全ての決定権は、団長であるエルヴィンが握っている。彼女を生かすも殺すも、彼の一言でアッサリ決まる。


「……やけに"肩を持つな"、リヴァイ」


"生存者"という名の"被疑者"。そう、全ての問題は何故彼女があの場所で三ヶ月も生きていられたのかというところにあって、他のところにはない。自分たちを納得させてくれる理由があれば、それだけで彼女はただの"幸運児"となる。

――筈だった


「……あの"耳"は必ず人類の役に立つ。何度も言っているだろう」




巨人からルピを助けた後。リヴァイが彼女への詮索を避けた理由のもう一つに、新たな巨人との遭遇があった。大型ならその目に捉える事が出来るだろうが、建物の影に隠れて見えない小型種や奇行種はいつどこからやってくるかわからない為その場に留まるのは適当でないからだ。


『まだ、います…』

『……、なんだと?』

『あっち…』


その時は自然とその彼女の言葉に、彼女が指し示す方にリヴァイは目を向けていた。この場にはもういないと踏んでいたが、今度は一体どんな不抜けた面の奴がいるのか、なんて。…さほど期待もしていなかったが、


『あの煙突の向こう側、』

『……』


彼女が言う煙突はおよそ百メートルほど先にあって、自分にも鮮明に見えていたことは確かだ。けれども肝心の標的が自分の視界の中に全く入らない。自分の目が悪いのか…いや、視力には多少の自信は持っているが、くまなく探しても建物を超えて見えるその姿はどこにもなかった。隠れたのか、誰かが倒したのか。…仮に小型だとしても、彼女にここから見えるわけが、


『二つ、音があります…』


リヴァイは思わず彼女の方を振り返っていた。…何と言った。"音"と、言った。驚きは隠せなかった。「向こうにもある」「無くなった」彼女はキョロキョロと視界を動かすというよりは、その耳を四方へ傾けている素振りを繰り返していて。


『……――』


リヴァイはその時何も言わなかった。いや、言わなかったのではない。…言えなかった。


――リヴァイには、何も聞こえなかったから




「――俺が監視に付く」


リヴァイがそうしてすぐさま煙突の方へと向かったのは、その後で彼女がハンジがやってくることまでも示唆したからである。
その言葉に偽りはない。その"能力"は、本物だと。


「それなら問題ねぇだろ」


自身が感じ取れないものをいとも簡単に彼女は感じ取り、そして自身に助言した。
…まさかそんなことがあるなんて。エルヴィン同様、リヴァイは夢にも思っていなかっただろう。


「エルヴィン、これは"大事件"だ。…人類の存亡を左右する、な」

「……」


エルヴィンはきっとまだそれを信じていない。いや、自分の話は信用しているのだろうが、きっと彼女自身をまだ信用していないのだとリヴァイは思っていた。
彼の手に全てが委ねられている以上、彼がそう簡単に承諾してくれるなんて微塵にも思ってはいないが、


「アイツはきっと人類の役に立つ。…いや、"希望"になる」


リヴァイがエルヴィンにそれを言うのは、これが二回目だった。


「……まずは兵を説得する必要がある」


肯定の返答が無い事をリヴァイはさほど気にしなかった。あの時現場に居合わせた兵の中には"生存者"である彼女の存在に喜ぶ者は少なく、寧ろ不審がる者しかいなかったという方が正直なところではある。
その為に彼女の身の潔白の証明は必要不可欠で、だからこうして地下に閉じ込めているのも重々承知だが、


「……俺がなんとかする」


兵を集めておいてくれ。そういうリヴァイの横顔をチラリと盗み見たエルヴィンの中に、…ふと、先ほどの彼女の言葉が甦る。


「……リヴァイが優しい、か…」

「あ?」

「…いいや、なんでもない」


エルヴィンはフッと微笑み、そしてそれ以上口を開かなかった。



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