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――二ヶ月後


「総員、前進せよ――!!」


第43回壁外調査は、雨天の中決行された。イコールこの日もルピ中心の陣形が敷かれていて、エルヴィンと共に先陣を切って走っていた。


「霧がかった雨か…視界が少し悪いな」

「でも、巨人の足音は少ないです。進むなら今のうちがいいかと」


役割も以前と同じで荷馬車の先導護衛となっていたが、…ただ、この日は違う事が一つだけある。


「……、」


チラリと右隣りを見ればそこにはハンジ。いつもはそこにリヴァイがいたが、彼はいない。前列のどこにも。…彼は今日、後方で彼女の"監視"に当たっているからだ。



『絶対に戦場でウォルカと二人きりになってはいけない』



何が起こるか予測不可能な壁外で、ウォルカがどんな想定外の行動を起こすのかが分からない。もしかしたら何事も無く終わるかもしれない。
しかし、たとえ陣が乱れようと街中で他班と合流し協同する事になったとしても、リヴァイが彼女を監視をしているとしても、決して安心などしてはいけないと遠征初めに自分に下った命はたったそれだけだったが、エルヴィンの顔は今までに無いくらい深刻で、


「北東から奇行種らしきものが一体こちらに向かっています」

「…ミケ、トーマ、行けるか?」

「「了解」」


そしてリヴァイには「巨人だけでなくそれにまで気を回さなければならなくなってすまない」なんてらしくない言葉を貰ったりなんかして。


「あの…エルヴィンさん」

「どうした」

「今日、私また…朝からソワソワしてるんです」


加えて雨模様な天候と彼が隣にいない事は、朝からルピに胸騒ぎを起こさせるのに十分な素材となっていた。

ルピはそれをちゃんとエルヴィンに報告した。以前のような失態を繰り返したくはないし、それにエルヴィンに何か感じたら報告することと言われていたから。
エルヴィンは「そうか、分かった」と二言返してきただけだけで、


「全員、気を引き締め直せ。ルピがいるからといって警戒を怠るな」

「「はっ!!」」


そう声を上げ兵にそれを違った形で伝達する。刹那、後ろに続く兵の空気が変わった気がした。

そしてそれはルピも同じ。この時ばかりはそれはウォルカに対するものばかりだと思っていたが、それは彼女と対峙した時に考えればいい。今はそう、巨人の足音に集中するのみだと言い聞かせて、いつも通りルピは任を遂行する事に全力を尽くしていた。




 ===




そうして調査開始から約二時間後。大きな混乱を招くこと無く、一行は予定通り目的地に辿り着いていた。
雨も既に上がっていて以前の街とは違ってそこは奇行種の巣窟でも無さそうで、ルピは一つ安堵を手に入れていた。


「ここで荷を半分下ろそう。早急にとりかかれ」

「「はっ!!」」


いつも通り荷馬車班が荷物を運ぶのを屋根の上から見下ろすのは最早恒例となっていて、そうして街の隅から隅までを見渡すのは巨人の音を的確に聞くためでもあるが、…今日は少し違う。


「……、」


彼は今、どこにいるのだろう。そして彼女が何か"事"を起こしていないかという方も大分ルピは気にしていた。街に入った当初も彼と会っていないし、その姿さえ見ていない。

やはりどこかソワソワした感じは治まらない。今のところ巨人は辺りに見当たらないが、勘が働くといってもそれは漠然としすぎていて、そうして気が落ち着かない理由が一体何なのかは自分でも分からない。
リヴァイが近くにいないからか、また何か起こることを懸念しているのか、


――彼女が、リヴァイと一緒にいるからか




「――異常は無いか?ルピ」

「!、はい」


ルピはその思考を掻き消すかのようにブンブンと首を振った。一体自分は何をしているのかと。今自分がすべきことはそれについて考える事ではない。ルピは少し逸れていた集中をまた耳へと一集させた。


「……――」


…任務中にこんなに気を逸らしたのは、この時が初めてのような気がした。



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