「っ、チェスさん!!」
荒げられたルピの声と同時、チェスもそれに気づいた。ものすごいスピードで走ってくる奇行種はそのまま真っ直ぐチェスを見据えていて、そうしてチェスはそれに気を取られてしまっていて。
ルピはまたワイヤをその方へと飛ばしていた。刃は抜けていない。それはもう使い物にならないが、しかし自分がそこへ行かなければ今度はチェスが危ない。
「っ!」
「ぐあぁぁああ――っ!!」
…しかし、それは間に合わなかった。チェスは十メートル級の巨人の手に捉えられ、そしてルピは初めてその音を耳にした。
――人の骨が、砕かれていく音を
「チェスさんっ!!!」
刃一本で巨人の項を削いだ経験は無いしそんな例を今まで聞いた事は無かったが、考えている暇も無い。ルピはそのままそれ目掛けて飛んでいた。
「っ、!」
そうしてそれに狙いを定め刃一本でその項を削ごうとしたが、やはり上手く削げない。致命傷は与えたらしいがまだ生きているそれは、最後の悪あがきを見せるかのようにチェスをその口に放り込んでしまって。
――ッ…!!
落ちつけ、我を失うな。ルピは必死に感情を殺し、行き場のないそれは奥歯を噛みしめる力に、柄を握り締める手に集中していく。
一旦それらと距離をとったルピが後方をチラリと振り返るも、ナナバは離れたところにいたもう一体と交戦中。この場を何とかするのは自分しかいない。
付け替え式の刃を素手で持つのは自分の手を削いでしまう危険を伴うが、それよりも右手から柄を放してしまう方が危険である。左のワイヤだけでなんとか出来る自信も右手に柄を握りながら刃を握って交戦する自信も今のルピには無い。…どうする。どうしたらいい。どうしたら、
「――っ、」
…迫っていた二体を始末したナナバは、すぐにそこへ駆けつけていた。
ナナバだけじゃない。皆ルピの力をリヴァイ相当のものだと思っていて、そうして彼女に巨人を任せる事に何の躊躇も無かった。エルヴィン同様、彼女はすんなりとそれを倒しているとばかり思っていたのに。
…交戦中に聞こえたチェスの叫び、ルピの悲痛な声。ナナバにとってもそれは、想定外の出来事だった。
「っ、ルピ!!」
上がる蒸気の中にルピはしっかりとその足で立っていた。両手にはしっかりとその柄が握られているが、右のそれは左に比べて極端に短い―というより無いに等しい。最後の一振りで折れたものだとばかりナナバは思っていたがしかし、ハッキリと捉えた彼女の姿に驚かされることとなる。
「……!?」
…柄にある筈のそれは、ルピのその口に咥えられていた。
===
ルピとナナバはその後、周りにいた巨人を一掃してからその時起こった事態をエルヴィンに伝えに戻っていた。
エルヴィンは既にリヴァイ達と合流しており、もちろんそこにはウォルカもいる。粗方今日の目的は達成された為そうして撤退命令は下されたが、暫くその場にルピ達は残っていた。
「それが壊れるなんて話、聞いたことねぇな」
「帰ってから技巧科に調べてもらおう。詳しい話はそれからだ」
「…にしてもルピ、それを咥えて巨人を削ぐなんてどんなけ顎の力強ぇんだお前は」
右の柄が使い物にならなくなって切羽詰まったルピが考えだした案。長い刃を持てる唯一の器官。それは、口だった。
ただ、最初はルピも無謀な試みだという思いはあった。肉を削ぐのにもそれなりに力は必要であって、もしかしたら逆に自分の顎が削がれるかもしれないという覚悟の上での挑戦になったが、…思った以上にそれは意外とアッサリ成功した。
「私も正直驚いたよ。…顎、痛くないの?」
ナナバはその戦闘シーンを見ていたから、余計に驚いていた。初の試みであるのにも関わらず器用にその小さい体を駆使して調子を合わせるルピは本当にすごい子だ、なんて。
「私も見てみたかったわ、そのシーン。…ルピちゃんって天才なのね!」
聞こえて来た黄色い声。その時の彼女の顔も本当にその言葉通り嘆美を示していて、そうして先に帰還した兵達に遅れをとること数分後。ルピ達もトロスト区へ向けて出発しようとした、
「――でもね、ルピちゃん」
その時。すれ違い様にウォルカは小さく、しかし黒い声でこう言い放った。
――チェスは、あなたのせいで死んだのよ、と