「――よっ、ルピ」
「!ニッグ、お疲れ様です」
リヴァイと別れ、それからもせかせかと働き一人荷馬車の後片付けをしていた時。背後からかかったのはニッグの声だった。
「お前一人?」
「他の皆さんは休憩を取りに行きました」
「お前は休まねえのかよ?」
「私は大丈夫です」
「ほんっとタフだよな、お前。…手伝うぜ、一人じゃ大変だろ?」
「え、いいですよ、ニッグ」
そう言う前から既に彼は荷馬車に残っていた荷を下ろし始めていた。ルピは一言「ありがとうございます」と言って、ニッグの隣に並ぶ。
「俺さ、今回初めてリヴァイ兵長と出陣だったんだ」
「…!」
「やっぱすげーよあの人。格が違うっつーかさ、」
二人並んで無言で作業なんて辛気臭いと思ったのか、ニッグは自然と今回の壁外調査について話始めていた。
リヴァイの"良さ"について語り出すニッグにどこかオルオを重ねながらも、…リヴァイと一緒だったという事は、イコール、
「…ウォルカさんも一緒だったんじゃないですか?」
「あぁ、そうだよ」
三年間兵を退いていたのにも関わらず彼女の実力は本当に凄いものだったと言うニッグに嘘は無く、ルピが聞かなくとも彼はその時の事を語ってくれた。
「兵長とのタッグは強烈だったな。不覚にも俺見とれちまったよ」
街中で二人は常に共に行動をしていたようだが、それは至極当たり前の事だとルピは思っていた。リヴァイは彼女の"監視"の為に今回後続班となったワケであって、そうして二人が協同して巨人を倒す事があったってなんら不思議ではない。巨人の討伐に関しては彼女に何ら問題はないのだから。
「息もピッタリって感じでよ。…まぁ、元々リヴァイ兵長の右腕だったみたいだけどな」
「…右腕、ですか」
「あの二人お似合いだよなーって皆言ってたぜ」
「…お似合い?」
「男と女として二人が並んでても異和感がねえって事だ。調査兵団のベストカップルだ、なんてな」
エルヴィンの話やリヴァイの態度からいえば彼女はただの悪者のようにしか見えないが、ニッグから聞く話にそれは微塵も出てこない。
…いわゆるそれは現在の彼女の姿。彼女の過去を知らない者が見た、ありのままの彼女の姿。
「加えてとびきり美人で優しくて言う事無し。…まぁ、俺はキレイ系より可愛い系のが好みだけどな」
…もし、もしも、このまま彼女がその化けの皮を剥がさなかったならば。彼女が改心して、そうして何も起こり得なかったならば。
「皆鼻の下伸ばしてるけどよ、でも俺あの人絶対我儘だと思うんだよな。女はさ、こう…控えめで淑やかな方がいいと思うんだよ俺。男を立てるってか、従順ってか…」
過去を懸念して警戒し続けているエルヴィンもリヴァイも、いつかはその呪縛を解いてしまうのだろうか。
――自分を警戒していた者たちのように
「…まぁ、なんだ、要するにだな、俺はお前みたいなタイプの方が……」
ともすれば自然と彼女は"ただの"美人で実力もあって優しくて頼もしい完璧な人と化す。当時の"異物"は存在しなくなって、そうして過去の実績に加えて今後その地位をまた築きあげていくとすれば、
「――って、ルピ?聞いて…ます?」
「……あ、はい、すいません」
「どうした?」
ドクリ、ドクリ。この気持ちは一体何なのだろう。遠征時にもあった焦燥感にも似たその感情は何と表せばいいものか、加えてそれが何に向けられているものなのかもルピには分からなくて、
「……いえ、何も、」
それでも、ルピはそれをニッグには話さなかった。
…なんだかこの感情は、誰にも知られたくない気がした。
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ガチャ、
「――…起きていたのか」
「、おかえりなさい」
「……あぁ、」
…その焦燥感に似た感情に追い打ちをかけるかのようにその日、リヴァイはなかなか部屋に帰ってこなかった。
「…何かあったんですか?」
そうして遅くなったのはただ単に彼も忙しかったのだと思っていたが、部屋に入ってきたそれの様子はどこか違った。暗くて表情は見えない。けれども何かがいつもと違う。…何が違う。
――香気が違う
「いや、何もない。…もう寝ろ」
ドクリ、ドクリ。再び鼓動が止まっていた警鐘を鳴らす。その香気は自分も良く知っているもので、…でも、何故、何故それがリヴァイからするのかがルピには分からない。
――それはウォルカの、匂いだった