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「見てみて!リヴァイ兵長とウォルカさんよ――!」


聞こえてきたその黄色い歓声の先にある二つの影にチラリと目を向けながら、ルピは一人食堂へと足を踏み入れた。

それとそれが揃えばまるで化学反応でも起こしたかのように上がる歓声が果たしていつから増えてきたのかなんてルピは知らない。彼の不機嫌さと彼女の華やかな笑みが生み出すアンバランスな空気感もあれから何一つとして変わって…いや寧ろ彼のその表情は最初に比べて格段に険悪になっているにも関わらず、それが聞かれるという事はイコール彼と彼女が一緒にいるということに間違いはなくて。


「――ルピ!」

「…ペトラ、お久しぶりです」


そうして食堂に入って刹那ルピはペトラと会った。彼女は開口一番「兵長と一緒じゃないの?」と聞いてきて、ルピは「はい」とだけ簡単に返す。
それを聞いてくるのは何も彼女だけではない。昔から一人でいればいつも必ずそう声をかけられていてルピは決まって同じ言葉を返していたが、けれどもその黄色い歓声が増えた頃からだろうか。比例するようにやたらそう問われる事が多くなったような気がして、…しかし今ではそれを聞かれるのが少し億劫になっている気もして。


「そっか。…ね、一緒にご飯食べない?」

「いいんですか?」

「オルオと食べるつもりだったけど、全然来ないし」

「…いいんですか?」


待たせたアイツが悪いのだと言うペトラに促されルピは席に着いた。食事を持ってくるというペトラの背を追いかけながら、周りに目を向ける。少し昼食には遅い時間だからかその場所にいる人の影も疎らで、いつも賑やかなその空間には静かな空気が漂っていた。

そうしてペトラが運んできてくれた食事を受け取り「いただきます」と声を揃えたにも関わらず、なかなかそれに手を付けようとしないペトラ。不思議に思いつつもルピはその顔を眺めながらパンに手を伸ばした。


「……ね、ルピ?」

「?はい」

「……兵長と何かあったの?」


ルピはパンを口に頬張ったままピタリとその動きを止めた。視線の合ったペトラは至極心配そうな顔をしていて、そうして彼女がそう問うてきた理由も何となく察しがついてしかしルピはすぐにはそれに答えなかった。いや、答える事が出来なかった。…パンを頬張りすぎたから。


「……何も、ないですよ」


待たせた割に出た答えがペトラの期待に沿えなかったのであろうか、彼女の表情は変わらない。
でも、本当に何もない。リヴァイと自分の関係は何も変わっていない。

…ただ、変わったのは、


「…最近、兵長とウォルカさんよく一緒にいるよね」


…その隣を、彼女がよく歩くようになっただけだ。


「……元々リヴァイさんの右腕だったらしいですよ、」


それはその答えをこじつける為に咄嗟に出た言葉だったように思う。だって自分にもよく分からない。急に、本当に急にその隣を彼女が歩くようになった理由が。…ルピ自身もまだ、上手くそれを受け入れられていないのだ。


「…そうなの?副兵士長みたいな立場だったのかな?」

「…私にもよく分からないです、けど」

「けど?」

「……、」

「やっぱり、元気ないね」

「…、え?」

「ここに入ってきた時、ルピ…すごく寂しそうな顔してたよ。だからご飯一緒に食べようって誘ったの。…あ、寂しそうじゃなかったら誘わなかったって意味じゃないよ?」


確実に自分はその事実に戸惑っている。その隣にハンジが並んでいようがナナバがいようが他の誰がいようが今まで何も―何の感情も抱いたことはなかった筈なのに。ただその隣に彼女がいるだけなのに、考えれば考えるほど己の内から込み上げてくる"何か"。見て見ぬふりをしてはいるが、その声を聞けばその姿を目に映せば、心の奥底に渦巻く"何か"。…顔にまで出ていたなんて知らなかったけれど。


「すごい人なんだろうけど、…私、あんまりあの人"得意"じゃないな」

「…それは、どうしてですか?」

「う〜ん、…なんか、性格悪そうだし」


ここだけの話ね、と罰が悪そうに言うペトラ。そんな風な事をニッグも言っていた気がしなくもないが、…二人の思うところと自分のそれは違う。
自分の中のその正体は一体何なのだろう。何故それに戸惑い続け、受け入れられないでいるのだろう。

彼女が人を故意に殺めているという過去を持っているからか。エルヴィンが彼女を敵視しているからか。リヴァイが彼女に嫌悪を抱いているからか。彼女が自分を狙っているからか。
…彼女がやたらリヴァイに固執しているからか。


「私ね、ルピが兵長の隣に並んでいるのを見るのが好きだったの」

「…、え?」


彼女がその過去の日常を取り戻しつつあって、そうして、


「だってルピ、兵長の隣にいる時が一番良い顔してるもん」


――彼女に、その場所を奪われそうだからか


「…………、」


ルピはそれに何も返せず、美味しそうにスープを口に運んでいくペトラを見ていることしか出来なかった。

…ドクリ、ドクリ。己の中で響く警鐘は、日に日に大きくなっている気がした。



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