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それからまた幾日か後。ルピはリヴァイと二人、エルヴィンの部屋に呼び出された。


「ようやく検視が終わったようだ。先ほど報告が入った」

「…待たせやがって。憲兵みたいに腐ってきてんじゃねぇのか技巧科共は」

「?」

「まあそう言うな、リヴァイ」


一体何の話なのかルピには検討もつかなかったが、エルヴィンがそれを机の上に置いた事でようやく理解した。
それは、立体機動の操作装置。前回の壁外調査で"壊れた"、自分が握っていた柄だ。


「嵌っていた刃を全て取り除いたところ、かなり錆びていたらしい」

「錆び?」

「正確に言えば腐食だ」

「??」


超硬質ブレード。それがこの刃の別名。かなり希少な非鉄金属(レアメタル)で精製され、巨人の項を削ぐ為に敢えてしなるように作られているそれの欠点は、強度だけだとされていた。硬い肉の塊にそれが負けて欠けてしまう事は多々ある。この前のルピだってそうで、だから何本も替刃を所持しているというわけだ。

金属は錆びるのがデメリットだと言われているのだが、それにはそういった点があまりみられない。雨に濡れようが、水に日中付けておこうが(そういったことはまずしないけれど)、それがすぐに錆びることは無い。長年使っている彼らがそういうのだから間違いは無いだろう。…ということは、イコール、


「故意的に"誰か"が酸化させた可能性が高い」

「……」

「…"誰か"の仕業なんて、ハナっから分かってたことじゃねぇか」

「証拠がない」


いつ、どのようにしてそれに細工を施したのかが分からない。まさかこんな遠回しな手段でくるとは思っていなかったようで、エルヴィンは至極困惑した顔をしていた。…リヴァイの顔は相変わらず怖いが。


「証拠…か。本人の口からそれを吐かせるのが一番だろうがな」

「……それが出来れば苦労はしない」


その"誰か"の名はその後の会話の中でも一度も口に出されなかった。それでも、ルピでさえもその代名詞に置きかえられた本当の名は一つに絞られている。
…あぁ、本当に彼女は自分を狙っているのだと、この時ようやくルピは実感した。彼女の目的は自分の場所を奪う事ではなくて、

――その全てを取り戻す為に、自分の存在を消す事が目的なのだと


「…次回、少し仕掛けてみようかと考えている」

「!」

「…、なんだと?」


詳細はまた後日話すと言って、その話はすぐにそこで切れた。…しかしそれによってリヴァイの顔が不穏に歪んでいる事に、ルピは気付かなかった。


 ===


「――……、」


エルヴィンの部屋を出た二人は先ほどあった会話を蒸し返すような事はせず、静かに廊下を歩いていた。

ルピはエルヴィンのそれに少なからず理解を示している。以前彼がその発言をしていたのを思い出したのだ。
彼女の化けの皮を剥がす。確証を得れば彼女の悪事は公になり、彼女に制裁を下す事が出来る。…しかしそれは己にも相当なリスクがかかるだろう。それでも、巨人を相手にしている事を思えばなんてことない。それに何かしらエルヴィンが"作戦"を立てているのだから、そう心配する事なんてないのだろうけれど。


「……リヴァイさん」

「なんだ」

「私が死んでも、忘れないで下さいね」

「…開口一番何言ってやがる」

「…、すいません」

「忘れるワケねぇだろうが。…何年お前を"飼ってきた"と思ってんだ」

「…、ありがとうございます」


ルピは小さく笑っていた。そんな話をするのはこの時が初めてで、先ほどのエルヴィンの話から何を感じ取ってそんな事を言っているのか、ただの冗談かとどこかリヴァイは気になったが。
…この時ばかりはそれよりも、そんな彼女の表情を見るのはいつぶりだろう、だなんて。


「死なせるワケねぇだろ。…お前は、」

「…?」


リヴァイがなかなかその続きを口にしないもんだから、ルピはふとその顔を見上げた。彼は一向に自分を見ようとしない。…それはいつものことだけど。


「…俺達の、人類の希望なんだからな」


お前みたいに利口で従順な奴は二度と現れない。そう言いながらガシッと、まるで持ち上げるかのように頭を掴まれてグリグリと撫でられる。最初の頃のそれと比べれば随分乱暴だと思うが…そんな風に触れられるのは久しぶりな気がした。

人類の希望というその言葉は昔に何度も刷り込まれたものだが、改めて彼の口から言われたことで自分がまだ"特別"な存在意義を持っているということが、今のルピにとってどれだけ価値のあるものか彼は知らないだろう。
その隣をこうして穏やかな気持ちで歩くのも久しぶりな気がして、この時ばかりはどこか遠くに置き忘れられていた二人の雰囲気が蘇ってきた事にルピは単純に喜びを感じていた。


「……――」


…彼女がそれを見ているとも、知らずに。



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