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――第44回壁外調査当日


「問題無い。正常だ」


渡された立体機動装置を装着しながら今回は"不慮の事故"で危ない目に遭う事がなさそうだと、一つ安堵した息を吐きながらルピは空を見上げた。


「…いい、天気ですね」


前回とは打って変わってそこには雲ひとつない青空が広がっている。そしてその空模様は、とある作戦の決行をも意味していた。


「…リヴァイさん」

「なんだ」

「上手くいくと、思いますか?」


今回の壁外調査からウォルカは、昔の功績と前回の調査での活躍を認められたという名目で班長へと昇格する事が決まった。
もちろんそれもエルヴィンの作戦の内。彼女が自由に動ける環境を作る事が第一の目的だ。


「…アイツにそれを告げた時、案の定お前を班に入れる事を希望した」


エルヴィンはそれを、実力者を二人揃えておくのは効率が悪いという理由で断っている。ルピを最初から彼女と一緒にさせる事は作戦に無い。それに例えばそうしたとして、その班の者が彼女の目論見に利用され無駄に死に晒される事があってはならないから。
…そう、それは、ルピとウォルカを故意的に二人きりにする事で始まる。


「お前の戦闘を間近で見たいという単純な理由だったが、その目的は目に見えている。…奴はお前を狩る気満々だ」

「……、」


今回の作戦の内容を知っているのはルピを昔から慕っている者達とペトラ・オルオ・ニッグのみ。彼らはそれを知らされた時驚いた表情をしていたがかなりご立腹したようで、「やっぱり裏があると思った」と四人になった途端にその怒りを撒き散らしており、この作戦にはかなりやる気満々になっている。


「安心しろ。俺達は常に尾行している。みすみすお前を殺させやしねぇよ」


ウォルカの班にはその誰も含まれていない。そして彼女にはルピが今回はその前列の班にいるという情報も流されている。それはルピの能力の効率の良さを図る為の実験的配置だという偽りの理由だが、それに彼女が遺憾を示す事は無かった。
しかし本当のところは、その耳を使うのは街に入るまで禁止とされていた。それが遂行されるのは今回の目的地である街に入ってからであって、己の全ては今回それに懸けることとなるだろうから。


「…ただ、敵はそれだけじゃねぇ事を忘れるな」

「はい」


それを遂行するにあたって一番懸念される事は、巨人が邪魔になる事だった。彼女が自ら手を下す事は無いとは踏んでいる。きっと巨人を討伐する事を利用して何かしら仕掛けてくるのだろうが、…そうでなくても巨人は元々こちらを狩る気満々だから厄介だ。
だからそう、その作戦が必ずしも上手くいくという保証はどこにも無い。その前にどちらかが命を落とせば、また彼女に勘付かれたら、終わり。


「何か少しでも支障が出れば作戦は中止だ。今回で成功させなければならないという義務はねぇ」


期はいつでもある。リヴァイはそう言って一つルピの頭を撫でると、前列へと馬を進めて行く。
ルピは触れられたその箇所に無意識に手を持っていった。…ドクリ、ドクリ。鳴る鼓動。


「――ルピちゃん、」


ドクリ。一段と大きく反応したそれを悟られないよう、ルピは平然を装って声の方へと視線を向けた。


「良い天気ね。絶好の遠征日和って感じ」

「…そう、ですね」

「私、今回から班長に戻る事になったの。ルピちゃんと一緒に頑張りたかったんだけど…願いは叶わなかったわ」

「……それは、残念です」


リヴァイの背が見えなくなった頃に現れた彼女は、ピタリとルピと並んで歩き続けている。馬を隔てて話しているから少し距離があり加えて周りに人がたくさんいる為、その時彼女がルピ自身に何かを仕掛けてくるような事は無かったが、


「今回はリヴァイとも離れちゃったしね、全然面白くない」

「…、」

「昔から彼とは一緒だったの。壁外でも、壁内でも」

「…そう、なんですか」

「そうよ。これからもずっとね」


だから、いくら相手がペットであろうとあのように"愛されている"のを見ると、ムシャクシャする。…その科白は、まるで独り言のように。


「…、?」

「ルピちゃん、…これだけは覚えておいて欲しいの」


――リヴァイは、私のものだって事


最後に投げられた、冷たく刺さるような視線と言葉。忠告のようで、まるで"それ"を仄めかすかの如くあからさまになってきた彼女の態度。日に日に増しているであろうそのボルテージがどのようにして爆発するのか見当もつかなかったが、


『私が死んでも、忘れないで下さいね』


…あの時既にルピは感じていたのかもしれない。そうしてそれを彼に遠回しに言った理由は分からない。知らせたくなかったのは一種の反抗心か、現実にしたくなかったからか。


「……」


…この壁外調査で、自分は命を賭す気がしていることを。



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