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遠征が開始されて数時間後。ルピ達の班も目的地である街に辿り着いていた。

そこはウォール内で唯一"水の都"と呼ばれる場所で、街の至る所に川が走っている造りになっている。流れはどこも急ではないが、浅く流れているところと深く流れているところが両極端となっているらしく、作戦を聞かされた際に川には落ちるなよと指摘された。巨人に殺られるでもなく溺れ死なんて恥ずかしくて公に出来ないだなんて、リヴァイのその時の顔は冗談でなく本気だったように思う。


「…巨人は、近くにはいませんね」

「とりあえず、"第一関門クリア"ってとこっすね」


そうして馬から降りて全員一つの屋根に登る。班員としては班長にナナバ、ニッグ、そしてこの作戦を知らない者が二名。ニッグのその言葉の意味を他の者がどう捉えているかは分からないが、ルピは知っている。ここからがルピにとっても彼らにとっても正念場であることを。


「…本当、耳がいいのね」


感心するように話しかけてきたのはヴァニラという女の人だった。彼女は二年ほど先輩にあたる。けれどこうして話したことはあまりなくてルピは少し改まっていたが、…彼女の態度はそれとは違ってどこか余所余所しかった。その目の奥は何かに怯えるかのように揺れ続けている。顔色も、最初に比べて良くないように思えた。


「…大丈夫ですか?」

「っえ?」


どれだけ遠征に出ようが、巨人と対峙しようが、慣れない者は少なくはない。いや、寧ろ慣れる方が難しいだろう。リヴァイやハンジなどのように巨人に屈せず好戦的な者は稀…というよりアレはかなり"変わっている"と言われているのが最近ルピにも分かって来たくらいだ。


「……無理は、しないで下さいね」


彼女は目を丸くして自分を見下ろしてきた。こんな事を先輩に向かって言うのは失礼だったかと思ったが、それでも今の状態の彼女を見れば頑張りましょうだなんて言う方が気が引けた。
兵団全員にルピを守るという義務は課せられているが、けれどもルピは自分の為に無理をしてまで戦って欲しく無いと思っている。己の身は己で守る。そうして強くならなければ、自分が希望としている意味がない。


「ありがとう、――ごめんね」


そう言って彼女はルピの背中に手を添えてきた。何に対して謝っているのかは分からなかったが、


「――班長、左から七メートル級が来ます!」

「…ルピ、他には?」

「…その左後ろからもう一体来ます。近いのはそれくらいですね」

「…ルピとニッグはそのまま前方へ進め。私達はそれを片付けてから行こう」

「「了解」」


巨人が現れた事によってその思考は作戦遂行へと切り替わり、そうして"上手く"二手に分かれたルピとニッグはそのまま馬を進めることとなった。




「――…さてと。団長が指定した場所を目指しますか」

「はい」


そこは、高低差のある建物が多い場所。立体機動が大いに利用出来、少なからずの間巨人を牽制出来る絶好の場所だ。そこにルピは一人で残り、ニッグがそこへウォルカを誘き寄せるのがこの作戦のメイン。ルピが一人そこで戦っていると知れば彼女は喜んで加勢に行くだろう。班員をその場に残して、一人で。…その目的を、成し遂げる為に。


ズシン、ズシン…


「…ニッグ、前から巨人が一体来ます」

「避けられねえのか?」

「避けると巨人の数が増えるので…ここを突破するのが一番効率がいいです」

「…仕方ねえ、殺るか。もう目的地も近いしな」


そうして馬を降り、立体機動に移る。標的は四メートル級。自信ありげに笑っているが、なんてことなさそうだ。


「お前は下がってろ。刃もガスも無駄遣いしない方がいいだろ」

「…、分かりました」

「俺を侮るなよ?俺だってそれなりに経験積んできてんだ」


見てろよ俺のかっこいい姿を、なんて言いながら飛んでいったニッグをルピも遅れながらに追う。
その背の翼を見ながらいつかタクが言っていた事をルピは思い出して、彼がそうしていたようにルピの顔には自然と笑みが零れていたが、


「――っ、?!」


突然、なんの前触れもなく左のファンが回転を止めた。


ダァンッッ_!!


「っ!!」


思い切りバランスの崩れたルピは身体ごと屋根に叩きつけられ、その衝撃で脳みそがグラグラ揺れる。ルピは直ぐに立ち上がることが出来なかった。


「ルピ!!!」


ニッグはその項を削いで即その場に駆けつけていた。何が起こったのか理解出来ていない為彼は酷く動揺しているが、それは自分とて同じで。


「どうした?!何があった?!」

「っ、わかりません、急にファンが、」


「怪我は」と言うニッグに「多分ありません」と返し、そうしてようやく身体を起こせば額を伝う汗…いや、それは血。「思いっきり怪我してるじゃねえか」と呆れながらもそれをニッグが拭う。気づけばジンジンと痛んでいたが、ルピはそれを気にするよりも先に立体機動装置を外し始めていた。

おかしい。調査に出る前にそれらが正常であることを自分だけでなくリヴァイにも確認してもらったのに。どうして急に、何故、一体どうして、


「…おい、なんだよ、それ」


ルピもニッグも一瞬目を疑った。ファンを雁字搦めにしているそれは、細い鉄線のようなもの。どうしてこんなものがここに、そしてどうしてそれが巻きついているのかが分からない。一体いつ、どこで、どのようにして、誰が、


『――ごめんね』


――まさか、


「…緊急事態だ、作戦は中止だ」


ドクリ、ドクリ。立体機動装置を持つルピの手は、震え始めていた。



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