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「…危なくなったら捨ててくださいね。一本でも何とか、」

「バーカ。俺は絶対お前を見捨てたりしねえからな」


そう言ってニッグはアンカーを飛ばす。彼の身体と共にルピの身体は重力に逆らって浮いた。

作戦中止を知らせる為エルヴィン達の元に向かおうとルピとニッグは先ほど離れたお馬様達を呼んでいたが、…それらが姿を現す事は無かった。全くもってついてない、だなんて。タクは指笛を二回吹いただけで諦めていたが、ルピはめげずに吹き続けて数分。いつもならすぐに駆けつけてくれる筈が何故か今日に限って戻ってこない。何かあったのだろうかと懸念するも…暫く突っ立っていた自分達に群がってくる巨人達の足音が無いわけでもなく。
そうして最終的にルピはニッグの背に乗って運ばれる事となった。スピードは落ちるだろうが、それでもワイヤ一本で飛ぶ方が効率が悪い事を懸念してだ。


「兵長は"前列"だったよな。…もう合流している可能性もあるな」

「…エルヴィンさんの、予想通りなら」


ルピ達は実は後続班。ウォルカに流された情報は"偽り"だ。班を引き連れたまま彼女がそこに来た場合も鑑みて、この作戦には様々なパターンが用意されている。エルヴィンは第一に彼女は必ずルピのいる前列に移動してくるだろうという想定を立てていた。

――しかし、


「――どうしたの?」


「「!!」」


ニッグは次に飛ばそうとしたアンカーをかろうじて止めた。この場に似合わないとても綺麗な笑みを浮かべて目の前に現れたそれは、…まさに今噂をしていた人物。


「…っ、ウォルカ、さん」


何故。てっきり前列に近づいているとばかり思っていた彼女達の班が後列に下がってきているのか。加えてこの状況でそれに会うのも想定外。…これは最悪の展開かもしれない。

ルピを背負って飛んでいるのを見れば誰だって懸念を抱くだろう。そうして理由を説明せざるを得なくなり、ニッグがしぶしぶそれを話す。その時の彼女の反応をルピは見ていたが、…深刻そうな顔の奥に"悦"は見られなかった。
けれども問題はここからだと言ってもいい。きっと彼女は今の状況の自分を放ってはおかないだろう。痛手を負っているそれをあとは巨人に捧げるだけで済む。…だからそう、これは、


「…いいわ、あなたエルヴィンにこれを知らせてきて頂戴。私達でルピちゃんを守るから」


――最悪の、展開だ


「…いや、俺は、」

「状況を知っているあなたが、そして一人で行くのが一番効率がいいでしょう?そのまま背負っていたら倍の時間はとられるわ」

「……ニッグ、行って下さい」


チラリと顔を向けてきたニッグにルピはかろうじて平然を装いながらそう告げた。他班だが仮にも班長という立場の彼女の提案を受け流す事はこの雰囲気からして他の者に怪しまれる。ここは素直に従った方が無難。あとは自分で何とかするしかない。
…しかし、


「…………ダメだ。絶対見捨てねえって言っただろ」

「ニッグ、」

「…何?何の話?」

「俺達の事は放っておいてもらって大丈夫です。任務を続けてください」


半ば無理矢理その場を退こうとするニッグに対してウォルカもなかなか折れず、そうして人間同士の舌戦が始まってしまった。
ウォルカ班の者達はそれに困惑するばかりでオロオロとしていて止めに入ろうとしない。埒が明かず、そうしてルピが何かいい策がないかと思考回路をフル回転させていた、

――その時


ズシンズシンズシン…


「――っ皆さん、奇行種が二体こちらに接近してます…!」

「っ後方からも…!!十メートル級が二体!!」

「あらあら、騒がしさを嗅ぎつけて沢山集まってきちゃったわね…」


ピリリと張り詰めた空気の中彼女だけが余裕の表情を浮かべていた。いつもならなんてことないのに今回ばかりはさすがに焦る。…本当に最悪の展開だ。


「ルピ、援護するからお前は逃げろ」

「っ、でも、」


ウォルカはその間班の者達に指示を出していたがその内容は聞き取れず、そうして散っていく兵達が向かうは十メートル級の方。彼女一人で奇行種を殺るつもりか、…いや、違う。


「あの子達にあの大きいのは任せたから、"私達"であれは始末しましょ。その方が効率がいいわ」

「っ、何言ってるんですかルピは、」

「おとりくらい出来るでしょう?あなたにもこの場で戦う義務はある筈よ」

「……、わかりました。やってみます」

「っおいルピ――!!」


ニッグの制止を聞く前にルピはアンカーを飛ばした。ニッグの言いたい事は嫌でも分かる。しかし今はそんな事で争っている暇などないし、それに彼女は何とかして自分を闇に陥れようとするからどう足掻いたって無駄だと思った。今だってそう。承諾の意を示した自分の言葉にニタリと張り付いた彼女の笑みが頭から離れない。


「ルピ!馬鹿野郎テメェ…!」


一本で移動しているルピにニッグはすぐに追いついてそうしてものすごく不機嫌な顔を向けてきたが、それ以上何も言ってはこなかった。それはもう目前、二体とも進路を変えず自分達目掛けてまっしぐら。ウォルカは"まだ"来ていないが、それを気にしても無意味だろう。…きっと彼女はここに来る気は無い。


「絶対無理はするな。いいか、絶対無理はするなよ!!!」


俺に任せとけ。怒号にも似たようなそれをルピに浴びせニッグは先を飛んでいく。しかし一人で奇行種二体はいくらなんでも無謀だ。考えろ。どうやったら一本のワイヤで上手くそれを、


「――ッ!?」


そうして奇行種の背後に上手く廻ったニッグが、それを削ごうとした瞬間だった。

…奇行種。それがそう呼ばれる所以は、他の巨人と違って想定外の行動を起こす事にある。
今まで彼を気にも留めず自分の方ばかりを見て走り続けていた筈のそれが、急にその後ろを振り返って、そして、


――真っ赤な飛沫が、空を舞った



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