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一瞬、何が起こったのか分からなかった。ルピにはそれの後頭部しか見えていない。
…それでも、その後頭部左、丁度口元辺りの高さ、それからはみ出て見えいるのは、

――彼の、右足


「ニッグ!!!!!」


ぶわりと内から湧く感情。ドクリ、ドクリ、体が熱い。もう一体のその変わらない笑みが余計にその感情に障る。
ルピは替えの刃一つを口に咥えてそれ目掛けてアンカーを飛ばした。意識は飛んでない、ハッキリしている。でも、考えなんて無かった。溢れ零れそうな感情を全てその力に変え、それを殺す事しか頭に無くて。


バシュッ_!!


そうして上手くそれを削いで刹那、ニッグを殺したそれ目掛けてアンカーを飛ばす。今だ自分に背を見せているそれは"お楽しみの最中"なのだろう。全く動きを見せなくて、それがルピの内湧くものを余計に刺激した。
そんな隙を突きたくはなかった。仲間が食べられている間の隙を突くなんて、そんな事。…でも、自分がこれを始末しなければニッグが報われない。自分を最後まで守ろうとしてくれたニッグ。ニッグは、ニッグは、


___ッ、


その項に狙いを定め、そしてその距離まで後数メートルという時。それは先ほどと同じように気にも留めていないと見せかけて自分の方を振り返った。


「!!!」


目が合った瞬間。ルピは咄嗟にワイヤに両方の刃を思いっきり当て、急遽その方向を転換させた。巨人の前から逸れた身体はバランスを崩して勢いよく下降して、


バシャアアンッ_!!


ルピの身体は、思い切り水に叩きつけられた。


「っ、ぷはっ、!」


何とか食われずには済み、加えて地面に叩きつけられなくて良かったものの、それでも問題は後を絶たない。その川は浅いものではなく深いものだったのだ。当然ルピは足がつかないし、そしてルピは初めて知った。…自分が、泳げないという事を。

…最悪だ。冷静になった頭の中でリヴァイの言葉が過っては離れない。なんとかして陸に上がらなくてはならないのにどう動いたらいいのかが分からなくて、そうしてルピは少なからずパニックに陥っていて、


「っ、!?」


だから、気付かなかった。いきなり暗くなった目の前に、そしてそれが巨人が作る影だと気付いた時には既に遅し。
…最悪だ。助けてもらっといてこんなことをいうのはあれだが、


――最悪の、展開だ




「っ、ケホっ、…うぁっ、っ!!!」


それは大事そうに自分を両手で抱えて持ち上げていったが、バキリとどこかの骨が折れる音が聞こえた。自分を拾ってくれたそれの目的は助ける為でなく食べる為。分かっていても何も出来ない。両手も何も動かない。身体が、熱い。ドクリ、ドクリ。


「――ルピ!!!」


遠くの方で自分の名を呼ぶ声が聞こえて、霞む視界をその方へ向ける。こちらへ向かって飛んでくるそれは、ウォルカの班の人達だった。


「急げ!!ルピを救出しろ――!!」


必死に自分の元へ飛んでくるそれら。…しかし、どうしてこうも上手く事は運ばれないのか。
それらを阻むは新たな巨人。そしてニッグを殺した、奇行種。


「……や、めて、…」


ドクリ。目の前でまた、人が死んで行く。自分を助けようとして、その命を賭していく。ドクリ、ドクリ、身体が熱い。

そしてチラリと気づけばその後方。惨劇の裏で、…それは優雅にその光景を眺めていた。


――ッ、


…遠くても、目が合った気がした。ドクリ、ドクリ。自分のこの様に、彼女がその顔に浮かべるは、


――ドクリ


巨人が口を開ける。終わりだと本気でそう思った。自分の勘は良く当たる、なんて言ったらきっといや確実に彼に怒られるだろうけれど、…それでも彼は今ここにはいないから。
あぁ、最後まで任を果たせなかった。全て彼女の思惑通りになってしまった。人類の希望はここで絶望に変わってしまった。

――どうせなら、最後に彼に会っておきたかった


「っ、」


すいません、リヴァイさん、だなんて。想ったって届かないそれをもう声にすら出来なくて。

目前に迫る暗い空間。朦朧とする意識の中。



――ルピ、約束しなさい



…それは走馬灯のように、微かに、しかし確かに脳内に流れゆく"誰か"の声。



――たとえどんな事があっても、必ず最後まで生き抜くと



ドクリ、ドクリ。自分はその声を知っている。



――ルピは、我々の、



ドクリ、ドクリ。ドクリドクリドクリ、



――最後の、希望なのだから




「――ッルピ!!!!!」


――ドクリ、



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