02




目の前に広がるは見たこともないような平原。真っ青な空。…そんな場所を、今。自分はひたすら走っている。
しかし見える景色は些か低い。それにいつもより地面が異様に近い気もして、…それに気付けばどのように自分が走っているのか分からなくなった。

ふと隣を見れば、誰かが自分と一緒に駆けている。ファルクかルティルか、…いや、違う。


――誰だ?


それでも、いつも自分はそれと一緒にこうして駆けまわっていた気がする。何もないこの平原を、それと一緒に楽しく。それはいつの頃だろう。思い出せない。否、自分はその記憶があったことすら知らない。…自分の、事なのに。


『――ルピ、"その姿"になるのは今日で終わりだ』


…そうして明るかった草原から、その場面はどこか建物内に変わっていた。そこには見慣れた彼らの姿―ファルクとルティルがいる。さっきのそれは見当たらなくなっていた。…どこにも。


『あなたはこれから完全な"ヒト"として生きる事になる。だからもう"その姿"には戻ってはいけない。…"その姿"を現してはいけない』

『この世界で生きて行く為なのです。あなたはこの世界で、生きていなければならない』

『だから、約束しなさい。"その姿"には二度と戻らないと』


いいね、ルピ――







Beherrscher






「――……、」


鉛のように重い瞼を、ルピは開けた。
随分長い間夢を見ていた気がする。いや、それは"現"だったのだろうか。鮮明に見えていた筈のその情景は今となっては思い出せない。

そうしてぼんやりと霞む視界の先にはくすんだ色をした煉瓦の天井。見た事ある景色だった。薄暗いのは夜だからか、…否、そこがそういう部屋だからだろう。
あの時のようにルピはその身体をすぐに起こしたが、その時体中に走った痛みでその顔は苦痛に歪み、…それとは別に両手首に感じた重みに思考回路が一瞬止まった。


「……っ、」


あの時と同じ。その状況はあの時と全く同じだ。その手を動かせばジャラリと重い音を立てる鎖。ハッキリと覚えている。…そう、それは、自分が"隔離状態"にある証。
ドクリ、ドクリ。何も分からない。どうして自分は生きていて、この薄暗い地下にいて、そしてまたこうして鎖に繋がれているのか、




コツ、コツ、コツ_


「っ、!」


そうして刹那、ここへ向かってくる足音に気付く。それはいつも身近で聞いていた音。そして感じるいつも傍にあったそのスメル。…あの時最後に、切に願ったその存在。


「…!」


目が合った瞬間。リヴァイは今までに見た事もないような表情を見せた。その理由はルピには分からなかったが、しかしすぐに彼はこの部屋へ入ってきてそして、


「……っ!」


フワリと、優しく。まるで壊れモノに触れるかのように、リヴァイはルピをその腕に包みこんだ。

その行動は自分でもかなり突発的だったように思う。わからない。それがその命を紡いだ事に至極安堵した勢いか、一向に目を覚まさない間己を蝕んでいた不安の反動か。
…あれからまた三日の時が経過していて、最早それがそこに横たわっているのが当たり前に思えて止まなくなっていて。なのにそれがまるで何事も無かったかのようにしっかりとその場に座っていた事にリヴァイはかなり驚きを見せたが、…今はそんな事どうでもよかった。


「……」


リヴァイは何も言わない。動きもしない。しかしルピは間近に感じる彼の温もりに、彼の匂いに酷く安心していた。ドクリ、ドクリ。…あぁ、自分は生きているのだとようやくこの時実感出来た気がして。

それでも、聞きたい事がたくさんあった。あの後どうなったのか、何故自分は生きているのか、どうしてここにいるのか。しかし、それは思うだけで声となって出ていかない。…苦しい。何が。あの時の事を思い出してか。いや、違う。


「…り、ヴぁい、さん、」


…リヴァイの腕に次第に力がこもっていたせいだ。


「く、るじい、です…」

「……馬鹿野郎。…一体今何日だと思ってやがる」


いつまで寝ているつもりだ、なんて。そうしてようやく彼から発されたいつになく低い声は、それでも怒りを含んでいないように思えた。


「……、すい、ません、」


リヴァイはスッとその身体を離すと、そのままベッドに腰掛けた。その時の軋みでさえ身体に響いたが、ルピは顔には出さなかった。


「…お前、身体は」

「……少し痛みますが、大丈夫です」


リヴァイはそこに懸念を抱いたがしかし、今はそれよりも彼女に確認しなければならない事がある為それ以上そこには触れなかった。彼女にある懸念はそれよりももっと重大で、調査兵団の今後を―いや、彼女の今後をも左右するほどの。


「……ルピよ。お前が何故この場にいるか分かるか」

「…、分かりません」


ジャラリと重い音を立てるそれをルピは見つめていた。本当に何も知らなそうな雰囲気にリヴァイは一瞬それを言うのを躊躇った。だって、そうだろう。今から告げる事実達は恐らく彼女自身にも衝撃を与える事となるのが目に見えている。


「……理解の乏しいお前の事だから結論から言おう」


それでもリヴァイは意を決した。告げなければ始まらない。謎は、解明しなくては終われない。


「お前に、ある容疑がかかっている」


リヴァイの顔が険しくなって、そして…リヴァイは小さな声でこう言った。


――自分が、ウォルカを殺めた、と



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