03




「――っ、」


ルピは目を丸くして自分を凝視している。その反応は、リヴァイの思った通りのものだった。


「…あの時、何があった」


うろたえながらも、ルピは自分が覚えている限りの事を全てリヴァイに話した。
作戦が最初から最悪の展開を迎えていた事。自分のファンに細工され、作戦中止を伝える為にニッグと共に戻ろうとした際ウォルカに"捕まり"、…そして、


「ニッグは、…私を守って命を賭しました」


それに激昂し奇行種に立ち向かったはいいが、不慮の事態で川に落ちて溺れかけ、それを運悪く巨人に拾われて、


「…その後から、記憶はありません」


何も覚えていない。自分はもう終わったと思い込んでいた。巨人の口に放りこまれた時点で自分の命運は決まっていた筈だったのに。
自分がウォルカを殺した?どうして自分は生きている?…分からない。本当に何も分からない。


「……私は一体、何をしたんですか」


リヴァイはそれに直ぐに答えてはくれなかった。どこか考えるような素振りを見せ、自分をその目に捉えようとしない。…何かある、と思った。彼は自分に、重要な何かを隠している、と。


「…順を追って話す。俺が知っている限りの事をな――」




リヴァイがそれを知ったのは、その作戦が始まってかなりの時間が経った頃だった。

時間が経つにつれ何かがおかしいとリヴァイも薄々は感じていた。ウォルカが前衛に現れない事も、そしてその作戦のメインが決行される合図がなかなか発されない事も。
そうして痺れを切らしたリヴァイが直接その場所へ行こうとした時、そこに現れたのはオルオだった。血相変えたそれにやはり何かあったのだと思った時には遅かったが、…オルオは震える声でこう言ったのである。


――"獣"が、暴れていると




「――…けもの?」


リヴァイも最初は何の事だかサッパリ分からなかった。巨人でもなく、奇行種でもなく、彼から発された単語は"獣"。ついに頭が壊れたのかなんて逸れた事も思ったがしかし、それが暴れているのが作戦のメインの場所だと知ってリヴァイはそこへすぐさま飛んだ。作戦は中止。それ以上に緊急事態になっている事は明らかだったから。


「…俺がそこに着いた時には、その場には蒸気が立ち込めていた」


後の祭り、といったところだろうか。辺りにいた巨人は全滅していて、しかしそこにオルオが言っていた"獣"とやらはどこにも見当たらず、リヴァイがその姿を見る事は無かった。


「俺は何か手掛かりが無いかと辺りを詮索したんだがな、」


その時、リヴァイはペトラと会った。呆然とその場に立ち尽くす彼女に怪我は無さそうだったが、至極青ざめた顔をしていて。
そしてリヴァイはそこで、荷馬車に乗せられていくルピの姿を捉えた。その隣には同じような状態のウォルカがいて、双方がかろうじて生きている状況に周りの者は酷く動揺していた。実力者である二人をそこに一緒に並べる事になるなんて一体誰が想像出来ただろうかと、…その時ばかりは事実を知らずにそんな憶測を並べていたように思う。


「その後すぐに撤退命令が下された。……その時の事情聴取を行ったのは、壁内に帰ってきてからだ」


自分を呼びにきたオルオはその一部始終を見ていない為、ペトラやその場に居合わせた兵達に事情を聞くしかなかった。…あの二人があんなに酷い怪我を負ったのは何故なのか、あの場で何があったのか、一体何を見たのかと。


「ペトラ達がそこに辿り着いた時にはお前の姿は無く、既にそれが暴れていたそうだ」

「……」

「お前が巨人に喰われたところは違う兵が目撃している。…そいつの話によると、お前が喰われて数秒も経たないうちにそれはその巨人の中から現れたそうだ」


それは白く、巨人よりは遥かに小さいがしかし人間よりは大きい"獣"。文献にも載っていないし噂でも全く耳にした事の無いその生き物に驚き恐怖を覚えてその場にいた兵達は暫くそこから動けなくなっていて、そしてそれはペトラも同じだった。


「それは次々に巨人を殺していった。…項を噛み千切っていたらしい。それが弱点だとまるで知っているかのようにな」


兵達はその光景を見ている事しか出来ず、やはり動けなかった。…もしそれが人間をも襲ってきたら。そう思えば、近づく事が出来なかったのだ。

――しかし、


「暫くしてそれは兵達の目前まで近づいてきたそうだ。…血まみれのウォルカを咥えてな」

「っ、」

「…ウォルカを兵の前に差し出すと、それはまた巨人に向かって行ったらしい」


ウォルカは既に虫の息だった。何故それが彼女を彼らの前に置いて行ったのか、そしてそれが巨人による仕業かその"獣"の仕業かは誰も目撃していないから分からなかったが、…それでもその時は彼女の手当てに皆必死になっていてその事実から目を逸らしてしまっていて。


「…そしてそれは辺りの巨人を一掃し、力尽きたかのように倒れたそうだ」

「……」

「ペトラ達がその場に駆けつけた時には既にその姿は無かったが、代わりに…」

「?」

「……そこには、小さな緑の塊が転がっていた」


ペトラ達はまたその場から動けなくなってしまった。また信じられない光景が目の前にある事に。…それが自分達の良く知っている人物である事に。



――"その姿"を、現してはいけない



…ドクリ、ドクリ。リヴァイがしっかりと視線を合わせてくる。鼓動が煩い。握る手が、震えていく。


「…お前だ、ルピ」

「っ!」


…そこに力尽きていたのは紛れもなく、"人類の希望"だった。



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