04




巨人の中から"獣"が現れ、それは巨人達を駆逐した。しかしそれはウォルカを殺めた可能性を持ち、兵達全員を恐怖に陥れた。

…そして、それが、自分。

ドクリ、ドクリ。ルピの鼓動は止まない。信じられなかった。信じたくなかった。だって、自分は、こうしてちゃんと人の姿をしている。今迄微塵も自分がそうだという予兆も何も無かった。…無かった、

――筈だったのに



――約束しなさい。"その姿"には二度と戻らないと



思い出せなかった筈の夢の断片が鮮明に顔を見せる。それとこれとが完全に一致するとは思えない、…いや、ただ単に思いたくなかっただけなのかもしれない。
だからルピはそのまま黙秘を続けた。…これを言えば、ここにいるリヴァイでさえも、


「…ただ、それがお前であったという確証はどこにもない」


誰かがその瞬間を目撃したという情報も無いから真実は分からない。だからこうして彼女が目覚めるのを待っていたのだが、…当の本人でさえ驚いている始末。それはまた、振り出しに戻されてしまった。

しかし既にその現場を見た者はそうだと思い込んでしまっているのが現状だった。…当然と言えば当然か。ルピが巨人に喰われた直後にそれがその巨人を突き破って姿を現し、そしてそれが力尽きた場所でルピが同じように力尽きていたのだから。

エルヴィンはそれをまた調査兵団内だけの機密事項に指定した。そうして兵達の間に瞬く間にその噂は広まり、遠征後…いや、恐らく今でもその話は尽きる事を知らない。まだ確定したわけでもないそれは独り歩きして、そしていつしか、誰が発したかは定かではないが、それが囁かれるようになった。
その獣がウォルカを殺った。イコールそれは、

――ルピが、ウォルカを殺ったのだと


「…ウォルカさんは、」

「まだ死んだと決まったわけじゃねぇ。お前は十日目にしてようやく目覚めたが、…アイツはまだ生死の境を彷徨っている。二度も死の世界を彷徨うなんてアイツも災難だが、」


自業自得だ。リヴァイは吐き捨てるようにそう言ったが、ルピはどうしてもそう思う事が出来ない。今迄の腹いせにそれを殺そうとしたのだろうか。そういった気持ちは皆無だったと自負しているが、…それでも、彼女が生きていると聞いた時の心情が複雑な事がそう思わせてしまって、


「まぁ…それでもアイツに死なれるとこっちは困るんだがな」


リヴァイのそれに追い打ちをかけられたかのように、ルピの顔に酷く動揺が走った。


「…………それは、どうしてですか」


はたしてルピは、それをどういう意図で聞いてきたのだろう。先ほどの動揺も、一体何に対してのものなのだろう。今迄に無かった彼女の数々の態度が一体何を示唆しているのか、なんて。…リヴァイは一つ、大げさに溜息をついた。


「奴が目を覚まさない限り、お前の身の潔白が証明できない」

「…、え?」


誰もそれを目撃していないということは、イコールそれは彼女だけが知っている事実でもある。だからもし彼女が生き延びれば、その時の状況が嫌でも判明するのだ。巨人に殺られたのか、それに殺られたのか、彼女は正直にその旨を伝えてくれるだろう。…彼女はそれをルピとは知らずにそこにいた筈だから。


「そうでなくとも俺は…いや、少なくともお前の周りの奴らはそれを信じてねぇよ」


それを聞いたルピの顔はどこか安堵に変わっていた。味方がいない事を恐れていたのか、…それとも。


「死んでもらっちゃ困るのはルピ、お前も同じだ」

「……、はい」

「お前がそれを殺そうが、獣であろうがそんな事正直どうでもいい。……ただ、俺は単純に…お前が生きていて良かったと思っている」

「…っ!」


クシャリ。一つ頭を撫ぜるリヴァイ。ドクリ、ドクリ、鼓動が鳴るも、…それは今までの鳴り方とは違う事にルピは気付いた。先ほど抱きしめられた時も、そうだ。
どこかはにかみ気味なその音が果たして自分に何を訴えているのかは分からない。なんだろう、どこか不思議で、どこか心地よくて。彼にそうされる事がこんなに嬉しいものだなんて今まで思った事が、


「――ッルピーーーー!!!!」

「「!!!」」


…その時だった。小さな声でもかなり響くこの場所に盛大なそれがその雰囲気をぶち壊す。ルピの心臓は先ほどの穏やかなモノと打って変わって悲鳴を上げるかのように鳴り散らしていた。


「っハンジ!!!うるせぇぞ!!!」


それにはかなりリヴァイも驚いたようで、やり返すように怒声を上げる。…いや、二人して自分の耳を殺す気か。ルピはその一瞬のやりとりで酷く疲れる羽目になった。


「気が付いたんだね!本当によかった…!!」


ハンジはリヴァイのそれを気にも留めずに牢の中に躊躇なく入ってきて、そうしてルピの手を握ってきた。ウルウルとどこか涙目な彼女のそれは…いや、違う。その眼は、自分が生きていた事に対する眼差しでは無い。


「あぁルピ、一つ言い忘れていたが…コイツはお前よりも"重症"だ」


リヴァイのその呆れ混じりの言葉の意味は、言われなくても分かった気がした。



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