06




「どおりで何も出てこない筈だよ〜〜!!」


またと響くハンジの滾った声に今度はリヴァイでさえも肯定の意を示していた。
そこにはエルヴィンやミケも集合し、三年前の始まりの光景が目の前に広がっている。なんだか懐かしいだなんて悠長に思えるようになったのは、この冷やかな牢の中が少し温かみを増したからかもしれない。


「まさかルピの家族が"獣"だったなんてな…」


至極当たり前の発想であるが、誰もがファルクとルティルを"人"だと思っていた。ルピがそれについて何も公言しなかったのは彼女にとってそれが当たり前であったからで、そして誰もそんな事聞いて来なかったというありきたりな回答にそこにいた全員が脱力する。それが人間であるという体(テイ)でその調査は進められていた為全てが水の泡と化したわけだが、しかし彼女を取り巻いていた一つの靄が晴れた事に皆どこかスッキリした顔をしていた。


「?…どうした、エルヴィン」

「…、いや――」


…ただ一人、エルヴィンを除いては。


「…しかしだなルピ、お前はその…種族的に"人"という事に間違いは無いのだろう?」


ルピはそれにしっかりと頷いて見せたが、けれども確証なんてどこにもない。…だって、分からない。今までそう、本当に今まで自分はこの姿で普通に暮らしていた記憶しか持っていないのだから。


「…ファルクやルティルは人になったりしなかったの?」

「…はい、彼らはずっとその姿のままでした」


それからは質問の嵐だった。そう言われたのはいつの頃だったのか、いつからあの場所に住んでいたのか、どうして彼らと一緒にいるようになったのか、本当の親がいるのではないか。
…しかし、その全てにルピは答える事が出来なかった。

何も無いのだ。自分の中にそれに関する記憶は一切。まるで消されてしまったかのようにキレイに無くなっていると言っても見当違いではないように思う。
それはいつの話なのだろう。誰かと一緒に草原を駆け回っていた"あの頃"の自分は、どこへ行ってしまったのだろう。


「…………」


…そして、あれは、"誰"だったのだろう。


「それを言われたのは恐らく…街の近くに住むようになってからだろうな」

「どうして?」

「…人前でそれを晒したらどうなるか、彼らは分かっていたんだろう。…今の俺達と同じようにな」

「「……」」


兵達のそれが本当は正しい態度なのかもしれない。人がそれに化けるだなんて、外にある巨人の恐ろしさよりも内にあるその奇怪に皆が怖気を抱くのは自分達がただ稀なだけであって何ら不思議な事ではない。
…しかし、そうであってもまだ疑点が残る。街の者はそれを微塵も知らない筈。だったら何故ルピと関わりをもたなかったのかが余計分からない。そこにはまた、別の何かがあったのだろうか。


「……、」


リヴァイのその言葉に納得をして皆が黙りこむ中、ルピは一人考えていた。
…本当に、それだけだろうか。誰もが恐怖に陥っているのは事実だろうが、その姿を現さないでいる事に他に何か意味があったのではないだろうか。



――あなたはこの世界で、生きていなければならない



…自分は、何か大切な事を忘れているのではないだろうか。




「――あの事件が落ちつくまでは、これを公にするのはよそう」


その静けさを破ったのは、ようやく言を発したエルヴィン。彼が今まで黙っていたことに誰もそこまで懸念を抱いてはいなかったが、…先ほどのエルヴィンのどこか考え込むような難しい顔がリヴァイの頭から離れない。


「話は変わるが…ファンの細工の件に関しては調査を進めておこう。それと…ウォルカの過去はもう公にしてあるから隠さなくていい」

「…、分かりました」

「しかしだなルピ。怪我が治ったとしても…事が判明するまでは兵舎に顔を出さない方がいいだろう」


ウォルカのその件を公にしても、ルピが危惧の対象であると思っていないその人数はごく僅かに限られていた。
その現場にいた者でルピが無実だと証言したのはペトラだけで、彼女の意見は他の者に全くと言っていいほど受け入れてもらえなかった。彼女がまだ訓練兵を卒業して間もない事と、ルピの"トモダチ"である事が邪魔をしたのだ。

なるだけ"中立の立場"を守っていたエルヴィンがルピをまた牢に入れておく事を提案しその場は何とか収まっていたが、…リヴァイ達はもう既にそれを耳にし始めている。

――彼女は化け物だという、忌諱の声を


「…、分かりました」


ルピがそれをすんなりと受け入れたのは、薄々は気付いていたということもある。こうして地下にいるのはその疑いがかかっているだけではない事を。ウォルカを死の淵に追いやったそれが自分かもしれないと知れば、昔のような目―いや、それ以上のもので見られる事くらい分かりきっていた。

だから最初はそれを打ち明けるのが怖くてルピは言うのを躊躇っていた。リヴァイにさえもその目を向けられるのではないかって。
けれどもリヴァイのあの言葉、ハンジの態度。…いや、それだけじゃない。エルヴィンやミケ、そしてペトラ達も自分を信用してくれている事がルピは嬉しくてたまらなかったし、それだけで十分で。

ただ、また、あの頃のような状態に戻るだけなんだって。ルピはそう言い聞かせていた。



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