07




「――ルピっ、久しぶり」


あれから、三日。その手を繋いでいた重い鎖は外され、ルピはその身体を自由に動かす事が出来ていた。
ただ、まだ完治とは言い難く(そりゃ全治四ヶ月だから仕方はないが)肋骨は多少痛んでおり、左腕にはギブスがはめられたままにある。


「ペトラ……にオルオっ」

「俺はついでかよヲイ」


この三日間、ハンジの調査という名の"拷問"にあったり、酷だから見ない方がいいとは言われたがあの事件の調査書に目を通したりしていた。
自由に動けるようになったと言っても相変わらず牢の中にいることには変わりはないが、それでもそこまで苦にはならなかった。暇を見てはリヴァイだけでなくナナバ達が話相手になってくれたし、それに今だってこうしてトモダチが来てくれているから。


「怪我の具合はどう?」

「大丈夫です、ありがとうございます」

「ごめんねルピ、私が不甲斐ないばっかりに…こんなとこに閉じ込めちゃって」

「ペトラのせいじゃないです。気にしないで下さい」

「そんなお前にだな〜、今日はスペシャルゲストを呼んできてやったぜ!」


もうそろそろ来るだろうよ。そうオルオが言って即、現れたもう一つの足音。それは懐かしい、もう一人のトモダチだった。


「タクっ」

「…足音で気付かれちゃぁサプライズも何もねえな」


呆れ交じりに、それでも笑顔のタクがそこにはいた。歩けるまでに回復し、今は復帰目指してトレーニング中だという彼。あんな事に陥ったのにそれでも兵団を辞めずにまた人類の為に命を捧げようとするタクは変人だなんてオルオが野次を飛ばすが、ルピはそれがすごく嬉しかった。


「ルピ、ニッグの事は聞いたよ」

「……、はい」

「ルピを守って命を賭す。…それがアイツの本望だった。俺はそれが叶っただけでも良かったと思ってる」


ほら。そう言ってタクが差し出したのは、翼の紋章。かろうじて残っていたニッグのジャケットから剥いだものらしい。
ルピはそれを受け取って、暫く見つめていた。蘇るは彼と初めて出会った時の事から、訓練兵時代の記憶。…そして、あの事件。



――俺達は、同志だ



「……っ、」


内から込み上げてくるものを堪えるように、ルピはそれをギュッと右手で握りしめていた。
あの時こうしていたら、と振り返ってはいけない。自分の為にその任を全うし、命を賭してくれた彼の為にも。自分は前を向いて、そして己と向き合っていかなければいけない。彼の分まで自分はこれからこの命を、


「……」


…捧げる事を、続けられるだろうか。
調査兵団の一員として、これからも。


「――…お前ら、来ていたのか」

「「兵長!」」


その不安はリヴァイがその場に現れた事によって胸の奥へと仕舞われていた。気を利かせてか決まりが悪いからか帰ろうとする彼らをリヴァイは何故か引きとめ、そうして牢の中に入ってくる。


「ルピよ。突然だがお前はもうここにいる必要が無くなった」


そのリヴァイの言葉に皆がルピの容疑が晴れたのかと明るい顔をし出していたが、


「明日からは訓練所で過ごせ」


その言葉でそれらの顔は一瞬固まることとなった。


「…訓練所、ですか?」


今回ばかりは庇いきれない事態に己の不甲斐なさを感じていたのは何もペトラだけではない。リヴァイもとい、エルヴィンとて同じ気持ちだった。
ウォルカは一向に目を覚ます気配がなく、この事件は長期戦となる事が目に見え始めている。ようやく過去と決別しだした彼女をまたその忌諱の中に放り込むような非情さは持ち合わせていないし、かといってこのままこの地下牢に閉じ込めておくのも如何なものか。そう考え始めた二人は、兵舎から遠い場所でかつルピが不自由なく過ごせる場所を探していたのである。


「あぁ、そうだ。…キース、覚えているだろう。アイツにもう話はつけてある」


知り合いと言っていいかは疑問だがキースはルピを良く知っているし、そこでは怪我の療養も含め身体を動かす事も鍛える事も出来る。加えてこの事件を知っている者も彼女を厭う者も皆無―寧ろ憧れの眼差ししか持っていない者が集まっているそこはもう打って付の良い場所としか言いようがない。それに彼女に引き寄せられ兵団に入る者が一人でも増えれば一石二鳥だなんて、…ちゃっかりエルヴィンが考えていた事を恐らくリヴァイは知らないだろうが。


「そこで大人しく容疑が晴れるのを待ってろ。ここにずっといりゃ気も晴れねぇだろ」

「良かったねルピ!とりあえず…だけど」

「…はい、ありがとうございます」


「今までクソ真面目に任を遂行してきたんだから長い"休暇"だと思えば良い」だなんてリヴァイは言ってくれたが、「ルピが教官なんて大丈夫かよ」と言うオルオのその言葉をルピは聞かなかった事にした。

牢から、今度は訓練所へ。何だか三年前のあの頃をやり直しているような、そんな気分に陥っていた。



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