――翌日
「――モブリットか。久しぶりだな」
「お久しぶりです、キース教官」
歴代最高峰の成績を収めたあのエルヴィンの"飼い犬"が療養兼訓練兵激励にやってくると聞かされていたキースは、早朝にも関わらずそれがやってくるのを門の前で待っていた。…が、
「…肝心の犬はどこにいった」
そこには何故か大きなリュックを背負ったモブリットが一人。ちゃんとリードに繋いでおかないといけないだろうなんて言うキースのそれはなかなか冗談に聞こえない。モブリットは苦笑いしながら背負っていたリュックを下ろすと、「ここにいます」と言ってそれを開け始める。
「もう出てきていいよ」
真っ暗なところに急に差し込んできた光はしかし、すぐに覗きこんできたそれが作る影によって遮られた。見上げればそこには優しい顔をしたモブリット…と、その隣には驚いているようだが相変わらず顔が怖いキース。
「お久しぶりです、キースさん」
「…あ、あぁ」
「苦しくなかった?」
「はい、大丈夫です。モブリットさんこそ、重たくなかったですか…?」
「僕は大丈夫。これでもしっかり鍛えているからね」
「待て待てお前達。…これは一体どういうことだ?」
趣味か。と言うキースに首を傾げているルピに代わってモブリットが「ちょっと事情がありまして」と苦し紛れに説明する。
キースには事の真実を、そして兵達にはルピが訓練所にいることは知らされていない。騙すつもりは更々無いが、これ以上彼らを刺激しない方が身の為だという判断からだろう。
しかしそこへ移動するまでにそのままの姿で兵舎内を例え夜であっても歩き回って誰かに見つかってはそれこそ終わりだと、ルピは身を隠してそこまで運ばれることとなった。…大きめのリュックの中に、入れられて。
そして何故かそれを背負い運ぶ適役となったのがモブリット。途中すれ違った兵士達に「その大荷物は何だ」「どこに行くのだ」と聞かれた彼は「ちょっとピクニックに」と答えていた。…この人嘘を付くのが苦手なのかもしれない。
「…じゃあ、僕はこれで」
「はい、ありがとうございました」
またね。そう言って去って行くモブリットの背を、見えなくなるまでルピは見送った。
「…まったく、相変わらず調査兵団は変わっているな」
変わって無いのはお前の背丈くらいだ。そう言って歩き始めるキースの後をついて行く。
「酷い負傷をしたらしいな。壁外調査で随分活躍していると聞いているが…奇才も人の子だったというわけか」
「?」
「人類最強の鬼才も変わらず現役。…エルヴィンはいい部下を持ったもんだ」
まぁこの奇才を三年間みっちり鍛えあげたのはこの俺だがな、なんて言うキース。現調査兵団の話や壁外の話もしたりなんかして、こんなにキースと話すのはあの三年間でも無かったように思う。
「あぁそうだ…お前は一応特別教官という形でここにいることになるからな」
「特別…ですか、」
「今日午後一番に訓練兵を集めてお前の紹介をする。まぁ…知っている者が殆どだろうが」
「?そうなんですか?」
「歴代の首席は講義の中で出てくる事も多い。リヴァイの名が出る事もある。…お前が受けていた時にも出ていたんじゃないか?」
そう言われてルピは思い出そうとしたが、…出てきたのは兵法講義の時漢字に手いっぱいだった自分。なんだか懐かしいだなんて、心の中でほくそえむ。
「皆お前の話を聞きたがるだろう。休憩時には相手をしてやるといい」
「分かりました。あの…、またお世話になります」
宜しくお願いしますと頭を下げると、あの怖い顔のキースが笑った気がした。…いや、見間違いかもしれない。
「お前は手がかからないから問題ない。…まぁ、何があったかは知らないが…困った時はお互い様だ」
エルヴィンの頼みとあったら断れないと言うキース。彼もさながら、自分の為にこの場所を用意してくれたというエルヴィンには本当に頭が上がらない。
どうして彼は自分にここまでしてくれるのだろう。いくら人類の希望とはいえ容疑のかかったままの自分に、…"獣"であるかもしれない自分に。
「…エルヴィンさんは、本当に優しい人ですね」
「確かに温厚ではあるな。……しかしだな、ルピ。元団長として言っておくが…」
「?」
「アイツは非情な男だという事を覚えておけ」
てっきり肯定の答えが返ってくると思っていたルピは、その言葉に驚いて彼を見上げた。
「今は命令される側だろうが、お前はいづれ命令する側になるだろう。上に立つという事はそれなりの覚悟が必要だ。巨人に立ち向かうそれとはまた違う、な」
「アイツは俺以上に団長に向いている」だなんて謙遜して言っているようだがしかし、キースの目は一義的だった。
後輩を持てばまた感覚が変わる。そう言われたルピは、また新たな気持ちで訓練場へと足を踏み入れることとなった。