09




その日の午後。訓練兵への挨拶を終えたルピは、それから彼らの訓練風景を見学したりしていた。

紹介時には自分に憧れの眼差しや尊敬の眼差しを向けてくる者が多く、感じた事の無いそれは何だか気恥かしくて。しかしまぁ自分も有名になっただなんて、あの頃では考えられなかった事実に覚えるはエリーティズム。


「ルピさんっ、何かいります?!」

「え?あ…大丈夫です」


それから訓練が終わって夜。ある子達に誘われて一緒に食事をとることになり、食堂にいるなう。周りはみっちり取り囲まれていて、話しかけられる際には「ルピさん」とさん付けされるのに少し違和感。それに自分と同じような敬語で話しかけられるもんだからそれにも違和感。今迄自分に対してそうする人は皆無だったし、こんなに年下ばかりに囲まれるのも初めてで、VIPな待遇な筈なのに何だかルピは恐縮気味だった。


「お水持ってきましょうか?」

「え、じゃあ…お願いします」


そんな自分を積極的に気遣ってくれているのはエレン・イェーガーという子とアルミン・アルレルト。自分をこの食堂に誘ってくれたのも彼らだが、…その気遣いに重なるのがいつかのオルオなのが若干悲しい。


「アルミン!いい!オレが行くから!」


エレンは調査兵団に入って巨人を駆逐するのが目的らしく、だから彼にとって自分は…いや、調査兵団は憧れの対象そのもの。紹介時にも一番目を輝かせていたのは彼で、ルピにとっては一番の興味対象だった。
アルミンは大人しそうな男の子だが、話し方からしてとても頭がいい子なんだなという印象を受けた。男の子にしては可愛らしいだなんて、…言ったら失礼かもしれないので口には出さない。


「……エレン、張り切ってる」

「憧れていた一人にまさかこんなにも早く会えるなんて思ってもいなかったからね」


そんなエレンの横に常に存在しているのがミカサ・アッカーマンという女の子だった。キースから彼女は歴代に類を見ない逸材で自分並みに優れた身体能力を持っていると聞かされている。それにずっとエレンの後を付いていく彼女を見ればより自分と似ているだなんて思ったりもして、どこか親近感が湧いたりもして。


「ルピさん、そのパン…食べないなら貰ってもいいですか?」

「おいサシャ何言ってんだお前失礼極まりないな!!せめて一切れとか遠慮しろよ!!」

「コニー!お前はツッコむところがちげーよ!!」


自分の話よりもずっと自分が持っているパンに目を向けていた女の子―サシャ・ブラウス。そしてコニー・スプリンガーに指摘する観点が違うとすかさず注意したのはジャン・キルシュタイン。
どうしてもパンを食べたそうにしていたので全てあげるとサシャは至極キラキラした目で自分を見続けていた。パンだけでこの眼差し。彼女は相当食に苦労してきたのだろうか。

「この二人馬鹿なんですスイマセン」だなんてジャンが平謝りしている横で、苦笑いをしているのはマルコ・ボット。一歩後ろで皆を見守るようにいる存在感は、…しかし若干薄い。
少し離れた場所からこちらを眺めている子たちもいた。ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバー、アニ・レオンハート。そして、クリスタ・レンズとユミルという女の子。

名前をちゃんと聞いてよく関わるようになったのはこの十二人。全員が全員調査兵団志願では無かったが、巨人や壁外の今の状態について皆興味があるらしく、たくさんの質問を受けることとなった。
ただ、やはり自分の能力や自分の過去、そしてあの事件の事は他言するなときつく言われている。しかし「何で調査兵団になったんですか」「強さの秘訣は何ですか」「どうして怪我をしたんですか」と際どい質問ばかりが投げかけられる状況にルピはたじたじだった。


「ルピさん、怪我が治ったら立体機動のコツ教えてくださいよ!」

「コツ…ですか、」

「歴代最高峰の得点を獲得したって聞いてますよ!兵法の覚え方のコツがしりたいです私!」

「あ…私兵法はちょっと苦手で…」


ざわざわと、騒がしさが続く食堂内。彼らの自分への興味は尽きる事を知らない。…あぁ、彼らは本当に何も知らないんだと思い知らされる。あの頃の無知な自分とはまた違う、無知。


「オレ絶対調査兵団に入りますから!!一緒に頑張りましょうね!ルピさん!!」

「エレン…頭が高いよ…」


その言葉はすごく胸に響いた。響くと同時、胸が痛んだ。

この先の自分がどうなるのかは定かでない。エルヴィンやリヴァイはそれについて何も気にはしてはいないように見えるが、実際自分の容疑が確定すればきっとそうも言っていられなくなるだろう。
記憶が無いから正直言って実感は皆無。身体自体で感じたのではなくただ聞かされて沁みこんだものだからか、自分もそこまで危険視出来ないのが実態だった。

それでも、確定すれば自分は昔の彼女と同じになる事は分かっている。今でもその節はあるが、調査兵団に相応しくない対象に確実に入る。…例え本人にその自覚が無くとも。


「はい。…エレンと壁外に出れるのを、楽しみにしています」


彼が調査兵団に入る頃、自分はそこに居るだろうか。居たとしても、彼のその憧れの眼差しが軽侮に変わっていないだろうか。…自分が"獣"だと知れば、彼らもまた自分を忌諱の対象として見てしまうのではないだろうか。


「うおおお!!オレ頑張ります!!必ず巨人を駆逐してみせます!!」


彼らの純粋さにその心が洗われる気持ちがある半面、その純粋さを汚す事になるではないか。エレンの逞しい姿を見ながら、ルピはそんな事を考えていた。



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