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ヒュンッ_


薄暗い森の中に響くワイヤーが飛ぶ音、人の声。兵団になる為に最も重要な訓練―巨人討伐の模擬訓練に、…兵としてでなく教官として参加するなんて誰が想像していただろう。


「今期は優秀な者が多い」

「そうなんですか」


ただ、特別教官の為得点を付けるなどの成績に関わるような事は一切していない。どちらかというとお手伝い…いや、見学しているという感覚でそこにいる。


「特にミカサ・アッカーマンは秀抜だ。お前もそう思うだろう?」

「そうですね」

「どの分野においてもどんな難解な科目でも彼女は完全にこなす実現力が備わっている。…機があればリヴァイの特別訓練を受けても良かったんだがな」


そうだとしても、ミカサはそれを断ったようにルピは思う。ミカサは常にエレンと一緒にいたがるからだ。

その理由を以前ルピは問うた事があった。ミカサは幼い頃に家族を殺され自らも危険に陥ったのだが、エレンにその命を救われたのだという。身内を失ったミカサにとってエレンは恩人であり唯一の家族なのだ。
…あぁ、そんなところも似ているな、なんて。調査兵団の団員は自分にとって家族みたいなものだと言っても過言ではない。ナナバが昔ゲルガーやトーマを父親みたいだと言っていた事を思い出す。そうしたらナナバは優しいお母さんみたいで、ハンジは…明るいお姉さんと言ったところか。エルヴィンは何だろう、エルヴィンも父親か。…なんだか父親がいっぱいだな。リヴァイは、…と考えたところで違和感。リヴァイが家族?何かしっくりこない。お兄ちゃん?…違う気がする。


「…他の子は、どうですか?」


ルピは思考回路を切り替え、教官の評価を聞いた。

ライナーは仲間からの信頼が高く、屈強な体格と精神力を持っている。アルミンは体力面においては兵士の基準に達していないものの、座学においては非凡な才能を持っているらしい。アニは知っての通り性格が孤立気味で連帯性に難があるが、立体機動の斬撃においては非の打ち所が無いそうだ。
ベルトルトはどの科目もそつなくこなしてはいるが、積極性が無い。ジャンは現状を認識する能力に長けてはいるが、軋轢を生みやすい抜き身過ぎる性格が少々難点。コニーはバランス感覚に優れており小回りが利くが、頭の回転が鈍いのが玉に傷。サシャは型破りな勘の良さを持っているが、型にはまらない故に組織的行動には向いていないらしい。


「…皆悪いところもありますが、良いところもちゃんと持ってますね」

「そうだな。特にこれといった問題児はいないが、」

「…エレンはどうですか?」

「目立った特技は無いな。ただ…目的意識が人一倍強い。成績も確実に上がってきている。…努力家だな、彼は」


エレンはシガンシナ区出身。壁が破壊された時…彼はシガンシナ区にいたと聞いている。巨人が入りこんだそこで、彼は目の前で親を喰われたらしい。幼くしてその惨劇を目の当たりにしたのだ、相当な傷を心に負ったのだろう。その時の思いが、痛みが、恨みが、今の彼を動かしている。

調査兵団に入る兵の志願理由で"恨み"というのは多いように思われるが、実際少ないといつか聞いた事がある。家族をそれに殺されても、恐怖でそれに立ち向かえないからだと。
元々の彼の屈しない・物応じしない性格もプラスされているのだろうが、その内に秘めたる執念は類を見ないと隣にいる教官は言う。


「……、」


頼もしいなと思う傍らで、自分のように彼は暴走し兼ねないな、と。ルピはふと、そんなことを思っていた。


 ===


「――お疲れ様です、皆さん」


訓練が終わって後、ルピは休憩していたエレン達の元に寄っていた。「どうでしたか俺」と自分の評価を気にしているのかエレンが尋ねる。実際一か所に留まって見ていた為一瞬しか見ていないのだが、ルピは「良かったですよ」と返した。


「ってか!聞いて下さいよルピさん!コイツら汚いんですよ!!」

「?」

「俺が先に目標を見つけたのに横取りですよ!?」

「…汚い?意外とぬるい事を言いますねジャン。獲物を奪うのに作法が必要ですか?」


ねぇルピさん、とサシャが言う。


「そうだ!取られたお前が悪い!」


ねぇルピさん、とコニーが言う。

ルピはどちらにもつかず苦笑いしか出来なかった。昔オルオが自分に同じような事を言っていたような、…そうでないような。


「それに比べてマルコ…お前は一番に見つけても他に譲ってるように見えたんだが、…お前憲兵志望だろ?得点が欲しくないのか?」

「う〜ん、技術を高め合う為にも競争は必要だと思うけど…どうしても実戦の事を考えてしまうんだよな」


殺傷能力を見る今回の試験じゃ意味がないのに、と言うマルコ。彼は今だけでなく、ちゃんと未来を見据えていろんな事を考えているんだとルピは思った。


「でも…それはとても良い事だと思いますよ、マルコ」


ルピがそう言うと照れ臭そうに笑うマルコ。指揮官に向いてるだの、だったらマルコの班になりたいだのと他の子にも言われ、とうとう彼は顔を真っ赤にしてしまった。

…そんな彼らに、重なるのは昔の自分達。こうして仲間で意識を高め合って、時には争って、時には笑って。彼らにとっても互いがかけがえの存在になればいい、だなんて。


「……(ニッグ、見ていますか)」


彼の姿を映すように、ルピは一人空を見上げて微笑んだ。



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