…それからまた、幾日か後。
「――こうですか?」
「う〜ん…もうちょっと重心を下に、」
立体機動の指導を、エレン達にしていた時。
「――ルピ!お前に"客人"だ」
キースにそう言われその言葉を鸚鵡返しすると「行けば分かる」と言って誰かは教えてもらえないまま、ルピは教官室へと向かう事となった。
ここへ来てから誰かが自分を訪ねてきた事は一切無い。最早自分も新兵に戻ったかのような感覚でいたルピが一体誰だろうかと恐る恐るその扉を開けると、
「…やぁルピ、久しぶり」
「っ、モブリットさん」
一つ手を上げて挨拶をするモブリットが一人ソファに座っていた。突然、そしてまた何故彼がここに。怪しすぎて「どうしたんですか」とすかさず尋ねると、
「大切な話があるんだ。…帰っておいで、ルピ」
モブリットは、とても嬉しそうに笑っていた。
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堂々と、今度はリュックに入れられる事も無くルピはモブリットと共に歩いていた。その間にも大切な話とは何ぞやと問うても彼は何も教えてくれないし、何処に行くのかも教えてくれなかった。
そうしてあっさりと兵舎に入っていくモブリット。…ここへ来るのはいつ振りだろう。途中数人の兵とすれ違う時にはかなりドキドキしたがそれでも彼らの目には何の忌諱もなくて、寧ろ普通。…まさか、と思いながらその場所―団長室の扉を開ければ、そこには懐かしい面々が揃っていた。
「やぁルピ、元気だったかい」
エルヴィンの挨拶に答えようとしたルピにハンジが感動の再会と称して飛んでくるのをリヴァイがすかさず蹴りを入れて止める。…あぁ、この人達は本当何も変わっていないだなんて、ルピにはいつも通りの彼らの態度が嬉しくてたまらない。
「ルピ、待たせてすまなかった。訓練所では不憫無く過ごせていたか?」
「はい、とても楽し――」
「んな事今はどうでもいい。…ルピ、喜べ」
皆の表情は明るい。いつもと変わらないようだがそれでもリヴァイの顔も穏やかで、…そして彼は言った。
――自分の容疑は晴れた、と
「…っ、本当ですか」
「あぁ、数日前にようやくウォルカが目を覚ましてね。証言してくれたよ」
目覚めた当初彼女はまだ話せる状態で無く、その証言を得るのにまた時間がかかってしまったというエルヴィン。彼女が言を発せるようになったのはつい先日の事だったという。
「記憶は曖昧らしいが、その事だけはハッキリ覚えていたらしい。…まぁ目の前に得体の知れねぇモノが現れりゃ、嫌でも記憶に残るだろうがな」
ウォルカはあの時―ルピが巨人に喰われたのを見て、"満足"してその場を去っていた。…が、その途中で自身も奇行種に襲われてしまったのである。
しかしそこへ真っ白く大きな"獣"がやってきて、自分を食べようとしている巨人を殺したそうだ。自分もそれに殺されるかもしれないと思ったが、それはあろうことか自分の傷口を舐め始めたとウォルカは言う。
もう終わりだと、本当に死ぬと思ったと、今迄の報いが来たんだなんて…その時初めてウォルカは自分の過ちを認めるような発言をしていた。
「そして優しく咥えられてどこかへ運ばれたって。…そこからの記憶は無いらしいんだけどね」
「それがお前かも知れない事を伝えると…アイツはそんな気がしただなんて抜かしやがった」
「…え?」
「雰囲気がね、ルピみたいだった…って」
あんなに酷い事をしたのに彼女は私を窮地から救ってくれたと、ウォルカは泣きながらそう言ったそうだ。それもまた演技なのではないかなんてリヴァイは思ったが、…さすがにその場でそれは言わなかった。
「…お前に一言詫びたいそうだ。後で顔出してやれ」
まぁ俺も付いて行くがなと言うリヴァイ。最後まで彼女に警戒心を解かないところは、彼らしいというかなんというか。
「兵達の"誤解"ももう解いてある。安心して戻っておいで」
だから先ほどすれ違った兵は自分をそんな目で見てこなかったのだ。
加えてその"獣"が己らにとって脅威の対象で無くまた新たな力と成り得るだなんて確証もない事をエルヴィンは堂々と話したらしいが、誰もそれに何の遺憾も示さなかった。ルピがいない間も通常通り行われた壁外調査で、如何にルピの力が偉大で必要であるかを彼らも思い知ったのだろうとリヴァイは言う。
「お前がいない壁外調査はやり辛くて仕方がねぇ」
「そんな事言ってー!リヴァイ本当は寂しか――っ!!」
「…それ以上言ってみろハンジ。お前のそのクソみたいなメガネ粉々にしてやるからな」
「ルピが戻ってきてまた平和な調査兵団に戻る事が何より嬉しいぜ、俺」
「おいゲルガーそれはどういう意味だ」
「…まぁまぁまぁ、」
ルピはその光景を、心から笑って見る事が出来ていた。
またここに居られる事をこんなにも喜ばしいと感じたのは何度目だろう。こんな自分でも、どんな形でも必要としてくれる場所が変わらずここにある。
「あぁ、そういや言い忘れていた」
――おかえり、ルピ
「っ…ただいま、戻りました」
先輩にも、同期の仲間にも、そして後輩にも恵まれている自分は幸せ者だ。ルピは心からそう思った。