13




団長室を出て歩みを進めるその間、ルピはあの事件前の詳しい内容を聞かされていた。


「――裏は取れている。…認めたよ、今までの分のそれもな」


瀕死の状態のままでの尋問は酷だっただろうが、それでもリヴァイにとってはそんな事関係無かったのだろう。問い詰めるように言えば何かを悟ったかのように彼女は素直にその全てを吐露したそうだ。

今回ウォルカは"共犯者"を連れていたというが、それが誰かを聞かなくともルピには分かっていた。それは協力したというよりもどちらかというと脅迫された形にあるらしいが、それでもその共犯者が事に及んだのは彼女に似たような感情を少なからず持っていたからなのだろう。ルピ達が実は後続班であることも同じ班員だったそれが彼女に漏らした情報であって、ルピ達の馬が姿を消したのもそれらの故意的なものだったらしい。


「お前のファンの細工をしたのも、ソイツだ」


だから彼女はあの時、だなんて。思い出すその表情の内にあった感情がどのようなものだったのかは計り知れないけれど、


「ただ、本人の証言は取れてない。……ウォルカ班は、全滅した」

「…!」


自分を必死で助けようとしてくれていた彼らは記憶の中に残っているが、…彼女もその中にいたのだろうか。罪悪感からその身を投げ打ってまで助けようとしたのかそうでないのかの真実は、誰も彼女の最後を知らない為に分からない。


コンコン_


そうして着いた、救護詰所の一室。かろうじて聞こえた小さな返事でリヴァイがその扉を開ける。…そこには、かつての妖艶な雰囲気を微塵も感じさせないくらい痛々しい姿をしたウォルカがベッドの上に横たわっていて、想像していたよりも悪い状態にルピは最初声を発する事が出来なかった。


「――ルピちゃん…?」

「…っ、」


自分をちゃん付けするのは彼女くらいで、いつもそう呼ばれるたびに緊張に似たものを抱えていた。
どうしてそうなったのだろう。エルヴィンから全てを聞かされていなければそんな感情を抱く事は無かったのかもしれないが、…それでもまた別の形で確実に現れていたようにも思える。

リヴァイは小さく「外で待っている」と言って、静かに部屋を後にした。二人きりの空間。流れる空気が重いのは、彼女のその姿のせいか、自分の感情が暗いせいか。


「ルピちゃん、あなた…すごい力を持っていたのね」


知らなかった、と言うウォルカ。ルピはそれに肯定の意も否定の意も示さなかった。


「すごく、驚いた。…だってあんなの、見たことも聞いたことも、なかったから」

「……」

「…殺されると、思った。……殺されても、仕方ないって」


震えるその声が紡ぐ言葉はきっとありのままの彼女の気持ちなのだろう。…いつもの彼女じゃない。いつも彼女の口から出るそれは、考えられた、用意された言葉ばかりだったように思うから。


「…どうして、私を助けたの…?」


もしも彼女が正常だったなら。その言葉にはかなりのアイロニーが含まれているのだろうが、そこにあるのは幸甚を含んだ疑心。それが不思議だった。彼女が改心したならそれはそれでいいのかもしれないが、…でも、違う。そうじゃない。この重い空気も、その内から発せられる言葉も、全てがそれを語っている気がして止まない。

――彼女はもう、長くはない


「…、分かりません。私…その時の記憶が一切なくて、」


もし今彼女に何かの恨みがあったかと聞かれたら、果たしてその答えは見つかるだろうか。それを思う第一の原因は何だったのだろう。今までずっと考えてきた。己が彼女に抱く感情にずっと問い続けてきて、しかし結局分からないでいた。


「…………私ね、孤児だったの」


ポツリと、一言。それから彼女は自身の過去を話し始めた。
ウォルカは幼い頃に両親を亡くし、地下街で暮らしていたのだそうだ。そしてある時リヴァイに拾われた。その出会いも偶然で、しかし彼女にとっては運命で。ずっと一人で生きてきた彼女にとってリヴァイはたった一人の恩人で、"家族"であって、


「…彼が、好きだった。どうしようもなく、好きだった。私には…彼しかいなかったのよ」


だから彼女は恐れていた。ずっと。彼が自身から離れてしまう事を。他の者に取られてしまう事を。

しかしその為にそれらを排除する事は決して肯定出来るものではない。その感情が誰しもに芽生えるものであったとしても、その歪な嫉妬心は異常だと誰もが口を揃えるだろう。
…それでも今の自分にとってそれは、分かりかねない事ではないような気もしていた。彼女と自分の境遇は似ている。彼に拾われて、彼に育てられて、ずっとその隣に居て、それが自身にとってかけがえのない存在になって。

…その隣を失うかもしれないと思えば、怖くなる事を知った。自分の命を奪われるより、何よりそれを恐れていた。
だから自分の彼女に対するそれは、彼女が自分に抱いていたものと少なからず似ているのかもしれない、なんて。


「…でもね、もういい。……もう、いいの」


何が、とは聞けなかった。聞いてはいけない気がした。…分からない。それでも彼女を容受する事が出来ないのは今までの彼女の過ちと一変した態度の比重が合わないからなのか、彼がまだその警戒を解いていないからなのか。


「私、調査兵団を…辞めるわ」

「…!」

「…許してなんて、言わない。……でも、」


――ごめんね


…それが、ルピが聞いた彼女の最後の言葉になった。



back