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リヴァイは出た扉のすぐ横に立っていた。自分が出てきて刹那彼は無言でその歩みを進めて行く。彼女の話しが彼に届いていたかは定かではないけれど、何も聞いてこない。だからルピも何も言わずにそれに続いた。


「……」


その後ろ姿に、その隣に、彼女の影が自然と過る。
その傍で、その場所で、彼女はずっと過ごしてきた。その場所が彼女にとっての居場所だった。今は自分がその立場にいて実感している。彼女にとってもその存在がどれほどのものだったのか理解出来た気がするが、…それでも、ルピは一つだけ分からない事がある。



――彼が、好きだった



"好き"って、一体何なのだろう。どういう事なのだろう。
その言葉自体は知っているし自分だって使った事がある。でもそれは食べ物などを"好んでいる"という意味で使っていた。イコールそれは食べれるか食べれないかの問題であって、それほど深い意味も無い。



――どうしようもなく、好きだった



人が人に対してその言葉を使っているのをルピは初めて聞いた気がした。…彼女が彼に固執しているその理由にそれが含まれるのだろうが、何を思ってどういう意向で彼女がその言葉を使ったのか、それがルピには分からない。


「……あの、…リヴァイさん」

「なんだ」


リヴァイは振り向かずに一定の速度を保ったまま。


「……、いえ、…なんでもないです…」


ルピはそれを彼に問おうとして、止めた。…何故だろう。それがその対象の張本人だからか、その背中に何か圧を感じてかは分からない。


「…ルピよ。そういや言い忘れていたが、」

「?はい、」

「次の壁外調査には出なくていい。…いや、暫くだな」

「…、どうしてですか?」


怪我なら訓練所にいた間にすっかり治っている(と自負している)。そりゃ数ヵ月壁外から離れていたが、訓練もそれなりにしていたしそれほど身体は鈍っていない。

…と、いうより、あの扉を隔てた時点でリヴァイは彼女との接点をプツリと切ったのだと思った。何も聞かないのも、それについて触れようとしないのも、もう彼の中でそれについては終わっているのだと。
元々彼女の事をその口から発さなかった事を思えばなんら不思議な事ではないのだけれど、…どこか安心したように刻まれる鼓動が果たして自分に何を訴えているのか、なんて。


「お前には壁外に出る以前に、もっと重要な"任"がある」


いや、出来た。他の誰でもなく、新たな希望を背負う為の役割が。その力が本物ならしっかりコントロール出来るようにならなければ意味が無い。そもそも、本当に自分の中に備わったモノなのかを確定させなければならない。
全てはそこから始まる。調査兵団がまた新たな一歩を踏み出すその時は、己がその力を使いこなせるようになって訪れる。


「これは俺達がどうこう出来る問題じゃねぇからな。…きっちり自分で何とかしてみせろ」

「…分かりました」


ルピは右の掌を見つめ、そしてギュッと握りしめた。


 ===


「――っあ!ルピさんおかえりなさい!」


ルピは夕方近く、訓練所へと戻ってきていた。ちょうど皆訓練が終わった後で休憩中らしくいつものメンバーがそこには揃っている。おかえりだなんて自分にはたくさん帰る場所がある事を嬉しく思いながらも、ルピはそこで皆に兵団に復帰する事を告げた。


「そうですか…戻っちゃうんですね、」

「はい。…それに"特別任務"も課せられたのでここにはいられないんです」


特別任務の聞こえがいい為か「すげー!」と周りから歓声が上がる。言ってしまえばただの変身練習という名の実験。ここで出来ない事は無いが、…兵団外でのそれは固くエルヴィンに禁じられたし、何より彼らが訓練どころではなくなってしまう。

ルピの耳が良い事も、壁外でそれが生かされている事も、いまだ知っているのは調査兵団の人間だけ。自分が壁外に出てからそれなりの時が経っているのにまだ公にされないそれに最近になってようやくルピも疑問を抱くようにはなっているが、全てはエルヴィンの命だから何故かと問うような事はしていない。


「…寂しいですけど、頑張ってくださいね!」

「ルピさんと訓練出来て嬉しかったです」

「ルピさんにパンを頂いた事、私一生自慢します!!」


エレンだけでなく、アルミンやサシャ達も皆寂しがってくれた。「また来てくれますか」「また会えますか」と言う彼らに、本当は来ようと思えば来られるのだろうが冗談で調査兵団の兵舎に来れば会える、そこで待っていると告げれば一瞬にして静まり返るその場。…皆正直者過ぎる。


「…これからも、頑張って下さいね」

「「はいっ!!!」」


皆が揃ってルピに向かって敬礼をする。捧げられた心臓の為に己も頑張らないといけないと、ルピも誓うように敬礼を返した。



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