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翌日、早朝。ルピは森の中にある古城―旧調査兵団本部へと来ていた。

今やただの空き城と化しているそこは深い森の中にあり近づくものは誰もいない。ひっそりと佇むその様はしかしさすが古城と言うべきかとても趣のあるもので中がどうなっているのかそれを目に入れた時から楽しみにしていたのだが、…しかしその古城には一切足を踏み入れる事無くその庭に留まっている。


「――さぁ皆!楽しい楽しい実験を始めようじゃないか!」

「…楽しんでるのは生憎テメェだけだ、クソメガネ」


何故この場所に来たのかなんて、言わずもがな。人気もなく広い場所は、自分の力を立証する為に絶好の場所だからだ。


「…あの、一つ質問いいですか?」

「なんだい?モブリット」

「この検証が成功したとしてその…、本当に大丈夫なんでしょうか」


彼が言いたいのは恐らく、ルピ自身がその力の制御が出来るのかどうかという事だろう。記憶が無い―イコールそれはその時自分が起こした事を何も知らないという意味であって、その時は意識が巨人に向いていたから良かったものの人を襲わないという保証などどこにもない。

だから万が一…そう、何が起こるか分からないからルピの歯止め役としてリヴァイが、ついでにハンジの"歯止め役"としてモブリット及びハンジ班の面々がその場所にいるのだが、リヴァイの言う通りテンションの上がっているのはハンジだけで他の面々は不安気味、そしてルピに至っては本当に変身できるのかという緊張に苛まれている為どちらかと言えばその場の空気は重々しい傾向にある。
誰しもにとってこれは未体験な現場になるからその態度は寧ろ普通。ハンジが滾るのは毎度の事だから不思議ではない為、よって逆にいつも通りなリヴァイの方が今回ばかりは変人に見えるだなんて、…思っても誰も口には出来ないのだが。


「それを立証する為にわざわざこの場所に来てるんだろーが」

「元々ルピがそれで生活していたという説もある。暴走する可能性は極めて低いと私は考えてるけど」


まぁ、実質分からない、なんて。そりゃそうだ。なんせ本人でさえ分かっていない事を他人が知っているワケがない。


「まぁ、全てはお前がそれにならなければ始まらねぇ事は確かだな」

「…、はい」


それから「とりあえずやってみろ」とアッサリな感じで実験は開始された。あの地下牢にいた際にハンジからの尋問でどうやって変身したのか何故そんな能力があるのか分からないという事は説明済みで、今でもその根本的な部分はまだ何も解明されていないのにもかかわらず。何事もチャレンジ、ぶっつけ本番だなんて調査兵団にいるから至極普通になっているが、まさかここでもそれを発揮されるなんて思いもよらない。

意識が大切だの、イメージが大切だの、記憶を辿れだの、色々言われながらも変身を試みること数十分。…案の定、といったところか。思うように事は進まないとはまさにこの時を表すに相応しく、ルピがそれに変身出来ることはなかった。


「――…まぁ、確実性が高いもんならとっくの昔にその姿を表していただろうよ」

「…そうだね、」


せめてそれになる手段さえ分かっていればそう難しい事ではないのだろうけれど、そもそも手段なんてあるのだろうか。それすら知っている筈なのは自分というのも重々承知、…いや、待てよ。


「……あの、」


…いるじゃないか、昔から自分の事を知っている"者"が。


「なんだ」

「…今の私よりも私の事を知っている"人"に聞く方が、早くないでしょうか?」

「「…!」」

「ローゼ内にいるんですよね?ファルク達」


彼らに聞くのが一番なのではないか。至極正当な提案だった。至極正当な提案すぎてリヴァイもハンジも一瞬返答に戸惑い、モブリット達は何の話かと固まっている。
というよりルピは何故リヴァイもハンジもそれを提案しなかったのかが不思議だった。彼らがそれと似ている容姿をしていると分かった時点で、自分がそれであるという線が色濃くなった時点で、記憶のない自分よりも役に立つのは彼らであることをこの二人が…いや、あのエルヴィンでさえ分かっていなかった筈がないのに。


「……あ〜〜!そう言えばモブリット!あれ!あれ持ってきた?アレ!」

「…アレ?あれってなん、」

「取ってきてアレ!!いや私も付いて行くわ!!もう皆で取りに行こう!!アレ!!」


ささ行くよー!と強引に彼らの背を押しながらその場から去って行くハンジ。…逃げやがった、と思う傍らで、自分で蒔いた種は自分で何とかしろという事だとリヴァイは悟る。


「?どうしたんでしょう、急に、」


それはもう遠い昔だが、決して忘れていたワケではない。
…そう、自分は、


「…ルピよ。お前に一つ詫びなければならないことがある」


最初に、彼女に対して一つの譎詐を犯している事を。



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