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「…彼らがローゼ内で暮らしているというのは、嘘だ」


彼女を兵団に確実に入れる為の軽薄で非道な手段。彼らの消息も生死も定かでないのに人類の未来の為ならばと何ら躊躇うことなどなく口にしたそれに今こんなにも罪の意識を感じるなんて、…あの頃の自分は想像していただろうか。


「…そう、だったんですか、」


「悪かった」だなんてあまり口にもしない自分の言葉にルピは一瞬驚いたような顔をする。何を思っただろう。騙されたと、裏切られたと、己のやり方に失望しただろうか。

彼女にとってその存在が全てであったことも知った上での嘘だった。その時に彼女が何を想っていたかは知らないが、きっと今のそれとは天地ほど異なる事は明白なのに。
…閉口したのもつかの間。彼女がその事実に大きな動揺や悲憤を見せる事は無く、


「……でも、どこかで生きてますよ、」


きっと。ルピは、笑ってそう言った。


「っ、…」


人は誰しも生まれた時にまっ白なキャンパスを持っている。時を経るにつれてそのまっ白なキャンパスに人生の歩みを描き、様々な色でそれを埋めていき、一つとして同じものは存在しない。
自分のそれはどす黒い色で覆われていて見るに堪えないだろう。何色に塗ったって結局黒に染まってしまう。…それは"悪"の、黒だ。

ただ、少なからず皆もその色を持っている。誰もが少しの"悪"に染まると言っても過言ではないが、…でも、彼女は違う。彼女は自分とは正反対だ。彼女のそれに黒は存在しない。いつだってそう、彼女は"悪"に染まらない。
…あぁ、一体自分は彼女の何を見てきたのだろう。どんなに絶望的な状況でも諦めない強さも、最後まで任を成し遂げようとする精神も、仲間や"家族"を信じぬくその心も、己に忠実なその姿勢も。最初から何一つとして変わらない。出会った時から自分と違う色を見せ続けてくれてそれが彼女の在り方で、自分は彼女のそんなところが、


「…………」


…そんなところが、何なのだろう。


「……リヴァイさん、あの、」

「…、なんだ」

「…まだあの場所にいたり…しないですかね、」


ルピの小さな希求によって己のその思考回路は逸れリヴァイは即座にそれを否定しようとしたが、…その可能性が無きにしもあらずな事に気付く。
確かにハンジが調査していた時には何も出てはこなかったが、その時はそれを"人"として探していた。"獣"は基本的に警戒心が強い筈だから、ハンジ達がいた時はその場にいなかったとも考えられなくもない。最初は巨人に喰われたのだと想定していたが、それらが元々"獣"でしかないのならその心配は無用だろう。だからそう、もしかしたらいまだマリア内を彷徨っている可能性は捨てきれなくて、


「……行ってみるか」

「、え?」

「…"里帰り"。悪くないだろう」


それにその場所に戻ればルピが何かを思い出すかもしれない。謎に包まれたベールが三年越しに明かされるのならば、行かないよりは行った方がいい。試す価値は大いにある。可能性がゼロで無い限りは挑戦し続ける…それが調査兵団だ、なんて。


「行きたいです、お願いします」

「……予定変更だ。エルヴィンの許可を取りに行く」


そうして二人は、古城を後にした。




 ===




…そして、二日後。またまた早朝。リヴァイとハンジ班プラス数人の兵と共に、今度はトロスト区の壁門の上へと来ていた。


「――全く朝っぱらから、そんなに巨人に会いたいか」


ゆっくり寝かせてくれよと言うその人に「年寄りは朝が早いから丁度良いだろ」なんて冗談をかましたリヴァイに笑い声はかからない。それが冗談に聞こえないからか、はたまた言われたその人がお偉いさんだからかは定かでなないが。


「…して、その子が例の――」


エルヴィンの飼い犬か。そう言ってようやく自分に視線を合わせてきたその人―名をドット・ピクシスという。シガンシナ区崩壊により人類の最南端となったトロスト区を含む南側領土を束ねる最高責任者であり、人類の最重要区防衛の全権を託された人物だ。


「ワシはもっとこう…大型を想像していたんじゃが……可愛らしいのぅ」

「ピクシス司令。お言葉ですが彼女はエルヴィンの飼い犬ではなくてですね、リヴァイの――」

「おいハンジ余計な事言うんじゃねぇ」


説明が遅れたが何故壁門の上にいるのかというと、そこから壁外へ出る為である。次回の壁外調査時に自分達だけがその場に寄ってもいいのだが、主力のリヴァイやハンジ班が抜けた状態で遠方への遠征には痛手だしそれにはまだ数週間ある為、エルヴィンは少人数でのそれをやむなく許可した。ルピの住んでいた所がトロスト区からそう遠くなく、ルピの耳があってこその判断だ。
しかしその人数で人類の壁を開門しては民が怪しがる可能性があるし、なにより開門には議会の承認が必要だ。…よって、上からその壁を超えるしか無い。その為には馬を壁外へ下ろすリフトが必要で、それを動かす権利をピクシスが持っている。ピクシスは信頼出来る人だから事の全てを話したらしいが、彼に"その姿"を見せる事がこの特別壁外調査の交換条件となっているらしい。

「楽しみにしているよ」だなんて言うピクシスに「これは生来の変人だ」なんてリヴァイは言う。…変人だからこそ自分を理解できるのではないかなんて最近思い始めたが、あえて誰にも言っていない。


「――…兵長!粗方の巨人は片付けました!」


ドクリ、ドクリ。高鳴る鼓動を胸に、ルピは壁外へと目を向ける。


「…行こうか、ルピ」

「はい」


原点へ還る時が今、訪れた。



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