a tale 2



「――……」


何を思うわけでも無く、気のむくままにローはその森の中へと足を進めていた。けれどもその軽快は足取りは、まるで何かに導かれているのではないかと思うほど。さえずる小鳥の声と木々が掠れる音だけが響くその中は、何故だろう。どこか、居心地もいい気もして。

…そんなわけないか。と自嘲げに笑みを浮かべた、その時。


――!


森のずっと奥からざわつきを感じ、ピタと足を止め耳を澄ます。


『早く仕留めろ――』

『逃がすな――』


聞こえてくるそれにすぐさま反応した脳が思い浮かべるのは海賊という二文字。オーラからして大した敵じゃないとは悟ったものの、…さて、どうするか。騒ぎに巻き込まれるのは面倒心が8割。話の内容から何を追っているのかという興味心が2割。


「……、」


けれども面倒心が勝っている割にはその足が踵を返す事はなく、ただただその場に立ち尽くしていた、

…その時。


ガサッ――!


『待て!!』

「!」


葉が揺れる音とその声が聞こえるのと、ローが刀に手をかけたのは同時だった。
しかしその手がそれ以上動く事はなく、ましてや一瞬ローの視界も思考も停止する。


「虎…!?」


飛び出して来たそれは、どこの森にでもいそうな虎。けれどもその体を纏う白の毛並みと所々に見れる銀色に輝く縞模様は今まで見た事がないもので、珍しいと思う傍、その姿を美しいとさえ思った。


「グルルルルル…」


おそらくまだ子供の虎なのだろう。その体はまだ小さく、その風貌には可愛らしい印象も受けたが、けれども敵意剥き出しの所はやはり野生の獣らしさが醸し出されている。さすがは森の王者、とでも言っておこうか。


「っ誰だ貴様ぁ!?」


いや、お前が誰だよ。とローは心の中でつっこむ。そこに人がいるなんて思いもしていなかったのか、その海賊達はいささか吃驚したようで素っ頓狂な声を発していた。


「…なるほどな――」


その状況からローは瞬時に事を捉えていた。
彼らが追っていたのはこの虎だったのだ。捕まえてどこかに売り飛ばそうとしているのだろう。珍種は高く売れる。白銀の虎なんて、それこそめったにお目に掛かれない代物だ。


「逃げるぞ!追え!」

「邪魔するな貴様――!?」

「――"ROOM"」


海賊達が足を踏み出したと同時、ローはその力を発動していた。
…何故かは、自分でもわからなかった。ただ、この海賊達がなんだか目障りで。


「っぎゃああぁ――!?」

「うるせェ」


消えろ。その言葉が発される頃には、ローはその海賊達を倒していた。そしてそれらに目をやることもなく、すぐさまあの白銀を追う。


「…っ――」


…何故かは、自分でもわからなかった。




*




先ほどの場所から少し離れた拓けた空間の大きな木の下にそれはいたが、しかしすぐには駆け寄らず暫くローは様子を見ていた。
荒い呼吸と共に激しく動く腹部の被毛が木漏れ日に当たって、光り輝くように反射して。


「…っ、」


ゴクリ。とローは一つ息を飲んだ。今までに見た事がないようなその美しさ。


――欲しい


咄嗟に、そう思った。


「……、!」


近づこうと一歩踏み出したローの気配にすぐさま気づいた虎はその顔を上げ威嚇をするも、しかし立ち上がろうとはしない。
ローはその異変に気づいていた。伊達に医者じゃない。それは怪我をしているのだ。立たない関係からいくとおそらく足。きっと先ほどの海賊たちにやられたのだろう。


「グルルルルル…」


先ほどと同じように唸るそれは、しかしどこか威力はなくて。きっと体力も限界なのだろうと思った。


「…そんな怒るな。俺はお前を取って売ったりしねェよ」


話しかけたって通じないのは重々承知。


「さっきの奴らならもぅいねェ。…怪我、してんだろ?」


ゆっくりと、近づく。今だ警戒心を解こうとしない所はやはり獣。あのシロクマのように言葉が通じたらどんなにいいことだろうと、ローは浅ましくも笑みを浮かべていた。


「治してやるよ。…俺は、医者だ」


それから、視線での攻防が幾分か続いた。その視線は一寸たりともそらせなかった。
…そらしてしまえば、もう二度と会えなくなる気がしたから。




*




どのくらいそうしていたのかはわからないが、しばらくしてその瞳の奥が一瞬揺れるのをローは見逃さなかった。それに自身の勝利を確信したローは、張り詰めていた緊張から解き放たれるように一つ深い息を吐き出した。

そうして、ようやく虎との距離を詰める。気を緩めたのを示すように、虎はその首を項垂れローと同じように大きく息を吐き出した。


「っ…マジかよ」


近づいてからようやくその状況に気がついた。その白銀の向こう側が、信じられないくらい真っ赤に染まっていたのだ。かなりの出血。とてもじゃないが酷い状態だった。
どんなけ気張ってんだよ。とローが舌打ちすると、虎は返事をするかのようにまた大きく息を吐き出して。


「…もうちょっと辛抱しろよ」


ローはその虎を抱え、ゆっくりと船への帰路を辿った。
諦めたのかちっとも抵抗心を見せないそれは、野生界の王というよりも身近な愛玩動物のように思えた。





猫を拾った。


「…触り心地抜群」

「……」




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