「……」
何やら外が騒がしかったので様子を伺いにいったペンギンの目に映ったのは、一面真っ白になった甲板だった。なんだ雪でも降ったのかと一瞬思ったがよく見ればそれは泡。
その中に泡と同化したシロクマと相なす色のサングラスをかけた男、その傍らで微笑ましくそれを眺める我らが船長の姿を捉えた。
「……、」
どうやったらそこまで泡立てる事が出来たのか疑問だが、ペンギンはとりあえず深い溜息をひとつ吐きだした。
「っぺむぎん!!」
ズボッと音を立ててその泡の中から生まれたのはノノ。コントかと思うほどに頭の上にはキレイに泡が乗っかっていた。
それを振り払うようにフルフルと首を振る仕草は、どっからどう見ても犬。
「あわ!…たべる?」
「……いや、いらない」
誰だ泡を食べ物だと教えた奴は。満面の笑みで両手に掬った泡を差し出してくるノノに、ペンギンはやんわりと断りを入れその頭を撫でた。
言うまでもないが泡塗れの彼女も彼らもビショビショに濡れており、洗濯物を洗っていたと言うよりは彼らが洗われていたといったほうが正しい。まったく仕事もしないでシャチの奴は何をやっているんだ。船長がいるにもかかわらずである。
「まったく…。ノノ、風引くぞ」
「っくしゅん!」
ペンギンがそう言って早々小さくクシャミをかましたノノ。ほら。言わんこっちゃない。ペンギンは再度溜息をついてノノの手を引いた。
「遊びは終わりだ。風呂に入ろう」
「っオレも入ろうかな!」
「ベポ、お前は洗濯片付けてからだ」
「ええ!?」
「ははっ残念無念ベポ!」
「…お前もだろう、シャチ」
「ええ!?」
「っ当たり前だ!それにこの泡の始末もちゃんとしろよ!」
「「っええ!?」」
「同じリアクションすな!!」
「そうだ!船長の能力で泡どっか飛ばして下さいよ!」
「…俺の能力をお前らの後始末の為に使わせんじゃねェよ」
ピシャリと言い切ったローの冷たい視線が二人に刺さる。…ひ、酷い。傍観者といえど船長もこの騒ぎの一員だったのに。とべポとシャチはガックリ肩を落とし、あたり一面に広がった泡に今一度目を向け同時に溜息を漏らした。
*
「――ふろ!…あわ、ない!」
「…当たり前だ」
お風呂場にやってきたノノは辺りをキョロキョロと見回して第一声にそう言った。
とりあえず服を脱がし、冷えきった体に温かいシャワーをかけてやる。女の子を風呂に入れるなんざ未体験だが、どちらかというと少女というよりペットを相手にしている感覚なのでそこんとこは何も気にしない。そういや拾ってから一度も風呂には入れてないのではないだろうか。…とりあえず全部洗っておくか。そう思ってペンギンはシャンプーに手を伸ばした。
「? なん?」
「シャンプー。髪の毛を洗うんだよ。…お前の好きな泡が出るぞ」
「! あわ!」
そうして髪を洗った箇所から泡立つそれにノノがはしゃぎだす。
「こら!動くな!!」
「ぺむぎん、あわ、たべる?」
「……食べません」
どうやら彼女は食べるの意味を履き違えているらしい。教育が必要だ。まったくシャチもベポも無責任に言葉をホイホイと使いすぎである。無知な彼女にそれがとんだ凶器となる事がわかっていないようだ。…あの馬鹿コンビめ。とペンギンは今日何度目かの溜息を二人に送った。
そうして髪も体もキレイになったノノは風呂から上がると水気を飛ばすように首をフルフルと左右に振り、バスタオルに無邪気に絡みついた。
「ほら、ちゃんと拭かねえと」
ペンギンが後ろからタオルで髪をガシガシと拭いてやると、それが気持ちいいのかノノは頭をそちらへどんどん傾けてくる。
「…ホント犬みてえだな――」
「――楽しそうだな、ペンギン」
「「!?」」
振り返れば何時の間にやらローが立っていた。自然と緩んでいた口元に気づいてペンギンは慌ててそれを戻す。
…盗み見とは船長らしからぬ行為だ。はたまた監視か。自分何も変な事してなかったよな。とペンギンは無罪にも関わらず少し焦っていた。
「とら!…ふろ、たべる?」
「……食わねェよ」
一体ノノは食べるをどういう意味で捉えているのだろうか。これにはローも苦笑いをかますしかなかった。
「早く乾かさねェと、それこそ風引くぞ」
そう言ってローはノノの前にしゃがみ、その濡れた髪を少し乱暴に拭いてやった。
「むぅ〜〜〜」
「くくっ、お前ホント可愛いな」
乱暴なそれに不服そうな声を漏らすノノを、ローは満足げに見下ろしていた。
…船長もなんだかんだで楽しんでいるではないか。とペンギンは心の中でつっこんでおいた。
「けど…言葉をしっかり覚えさせないとダメだな」
とりあえず食べるの本当の意味から教えてやらないと。
「ペンギン、お前今日から教育係な」
「まじかよ」
ペンギンは先ほどの発言を少し後悔した。
「いいかノノ。コイツはお前のママだ」
「っおい!」
これまた突拍子もない事を口にする船長。船長もベポやシャチと同じで、その言葉が彼女にどれだけの影響力があるかをわかっていないようだ。
「?」
「ママ。お母さんだ」
…いや、わかっていてあえてこの人は言っている。ニヤリと笑う彼の口元に、ペンギンはかなりの悪意を感じとった。
「ママって呼んでいいぞ」
「…違うぞノノ。ママじゃない」
二人の顔を、ノノは交互に見やった。ニヤつくローと少し引き攣り顔のペンギン。そりゃもちろん、良く映るのは笑っている顔の方で。
「っまま!」
お母さん発見。
「……せめてパパにしてくれ」
「どっちもどっちだろ」