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「あら、新品の服なんか着ちゃって。デート?」
「うるせーババア! 黙ってろ!」
「ちょっとあんた聞いてよー勝己デートだって」
「ええっ彼女いるのか? 今度連れてきなさい」
「勝手に盛り上がってんじゃねえよぶっとばすぞコラ!! いってぇな叩くんじゃねーババア!!」
「あんたが口悪いのがいけないんでしょ! 女の子には優しくしなさいよ!!」
「チッ」

 爆豪は予定より早めに家を出た。
 いつもより念入りに顔を洗って、髪を整えて、ネット通販で頼んでた服がちょうど今朝届いたのでそれを着た。母親にいじられた言葉を思い出してイラッとする。
 ──べつにデートじゃねー。
 爆豪は自分にそう言い聞かせながら目的地へ向かった。



 待ち合わせ場所に着くと、まだミョウジの姿は無かった。近くの時計を見ると、時刻はまだ11時20分だった。
 爆豪はガードレールに寄りかかって、スマホをいじりながら暇を潰した。

 11時50分を過ぎて、爆豪は少し不安になってきた。もしかして来ないのではないかと。だとしたら、念入りに身嗜みを整えて、あまつさえ40分も早くきた自分があまりにも滑稽ではないか。
 気分が落ちかけた時、ポンと肩を叩かれた。

「爆豪!」

 振り向くと、チョンと人差し指で頬を刺された。

「あはは! 引っかかったー待った?」

 てめぇ何しやがるブッ殺すぞ。普段ならそう言ってブチギレるところだが、違った。
 ──は? 可愛すぎだろ。
 爆豪は一瞬固ったが、すぐに我に帰る。ミョウジが約束通り来てくれたことに胸を撫で下ろした。

「べつに…─さっき来たところだ」
「そーなの? よかった」
「とりあえず飯」

 爆豪はランチの場所を事前に予約していた。駅から徒歩10分くらいのところにある、イタリアンレストランだ。夜は五千円以上するコースメインの洒落た雰囲気だが、昼はピザとパスタとサラダがセットで千円ぽっきりの気軽に入れる雰囲気の店に変わる。ここは以前家族で来たことがあり美味しかったので、絶対に外さない自信がある。

 ミョウジが一生懸命ついてきていることに気づき、歩く速度を緩めた。
 ちらとミョウジを見る。シンプルだけど今時なワンピースを着ていて、5cmほどの高さのパンプスを合わせている。大人っぽいし何より似合っていて、とても爆豪の好みだった。薄く化粧もしているようで、いつもの倍美人に見えた。



 店に着くと、奥のテーブル席に案内された。
 ミョウジは、昼時にも関わらずすんなり席に通されたことに感激していた。あまり教えたくなかったが、予約していたことを話すと凄く喜んでくれたので爆豪も嬉しくなった。

「みんな今頃なにしてるかなぁ」
「昼飯食ってるだろ」
「ねぇ、私達は今日どこ行くの?」
「映画観る」
「マジ? 何観るの?」
「オールマイトのやつ」
「あー! あれね、面白そう」

 どこで何するか色々悩んだが、映画が一番会話しなくていいという理由で映画にした。
 べつにミョウジと口を聞きたくないわけじゃないし、むしろその逆だが、爆豪は休息時間が欲しかった。心臓の。今も、周りに聞こえるのではないかと心配になるくらい心臓がドッドッドッドッと早めのビートを刻んでいた。

 予約していたのですぐに料理は運ばれてきた。サラダをつつきながら、ミョウジが話す。

「てかさ、なんで私を誘ったの?」

 絶対に聞かれると思っていた質問だが、爆豪はピンとくる答えを用意していなかった。
 本音なんて言えないし、かといって誰でも良かったみたいな文言は禁句だ。苦し紛れに適当な嘘を吐く。

「……映画見たそうにしてたから」
「え? どういうこと?」

 「なにそれ意味わかんない!」と言いながらも、ミョウジは可笑しそうに笑ってくれた。爆豪はホッと胸を撫で下ろした。

「逆にお前はなんで来たんだよ」
「なんでもなにも、ほぼ強制的だったじゃん」
「……まぁそうだな」

 ぐうの音も出ない正論を言われて、爆豪は少し気が沈んだ。当たり前の返答だ。それ以外に理由なんかないに決まってるのに、何を期待していたんだろう……。爆豪はフォークをくるくる回してパスタが絡まっていく様子を冷めた目で見下ろしていた。
 ミョウジが「でもね、」と言う。

「すごく楽しみにして来たよ」

 ミョウジはにこにこと歯を見せて笑った。
 ドッドッドッドッ。また心臓の音が速まった。
 爆豪はとても嬉しくなったが、ミョウジの言動に一喜一憂する自分が情けなくて、かっこ悪いと思った。

「ねーこのピザ美味しいよ!爆豪も食べなよ」

 もぐもぐと口いっぱいにピザを頬張るミョウジを見て、可愛いなと思った。
 爆豪がピザの一切れを一口でたいらげると、ミョウジが「口でか!」とけらけら笑った。うるせー、お前のことも食っちまうぞ。



 食事を終えて店を出た二人は、映画まであと1時間くらいあるので適当に街を歩くことにした。

「爆豪、見たいものある?」
「ない」
「じゃあ私、靴見たい! いい?」
「ん」

 ミョウジは、走り込み用のランニングシューズを見たいらしかった。ちょうど近くに某スポーツブランドの店があったので、とりあえずそこに入る。

 ミョウジは思ったより真剣に靴を見始めたので、爆豪もメンズ用のコーナーで適当に物色して過ごした。

しばらくして、ミョウジが紙袋を提げて爆豪の元に来た。

「いいのあったかよ」
「靴はなかったけど、ウェア買っちゃった」

 ミョウジは見て!と袋からウェアを取り出して見せた。有名アーティストとのコラボ商品らしく、奇抜な柄がプリントされているが落ち着いた色味のセットアップだった。ミョウジなら着こなせるだろうな、と爆豪は思った。

「可愛くない? なんか店舗限定みたいだったから、つい買っちゃった」
「いいんじゃね」

 爆豪は正直、靴を見に来たのにウェアを買ったミョウジの行動が理解できなかったが、自分の母親もよくそういうことをするので、女ってそういうものなのかと思った。



 上映15分前。席に着いた瞬間、爆豪はとんでもないことに気付いてしまった。

  ──やべー……近ぇ。

「すごい混んでるね〜」
「……そうだな」

 左側から感じるミョウジの気配から逃げるように、爆豪は反対側に膝をついて項垂れた。少し動いたら触れてしまいそうな距離に、爆豪はとてもヒヤヒヤした。
 まだ本編が始まらないとはいえ場内はだいぶ薄暗くて、非日常な空間にミョウジと二人でいることを意識すると変な気分になった。

「あっ」

 パサ、と足元に何か落ちた。入り口でもらったパンフレットだ。
 ミョウジがそれを拾うために、爆豪の方に身を乗り出す。その時、ふわりと良い匂いが爆豪の鼻腔を掠めた。

 ──これかぁぁぁぁ!!

 爆豪は、いつかの切島との会話を思い出した。
 眠れないほど気になった、例の“ちょっと甘い感じの石鹸の匂い”だ。本当に“ちょっと甘い感じの石鹸の匂い”がして、想像してたよりずっと良い香りでくらくらした。
 爆豪は口に出せないような色んな妄想が掻き立てられてしまい、しばらくミョウジを見ることができなかった。



 結局、映画がはじまっても映画に集中できないまま時間が過ぎた。エンドロールが流れる頃には、爆豪はだいぶ疲れていた。

「面白かったね!」
「まぁまぁだな」
「えーそう?」

 内容なんて覚えてるわけがなくて、ミョウジがあのシーンはどうだったとかオールマイトがどうのとか話してくれても適当な返事しかできなかった。

「このあとどうするの? 私小腹すいちゃった」

 時刻は16時過ぎ。なんとなくミョウジはもう帰りたいんじゃないかと思っていたので、まだ一緒にいたいと言われている気がして嬉しくなった。
 二人は近くの喫茶店で休憩することにした。

 店に入ると飲み物とケーキを注文した。

「なんか爆豪と二人でいるの、よく考えたら変な感じだね」

 ミョウジは可笑しそうに笑った。たしかに誰がどう見ても変だ。普段あまり話さない二人が急に二人きりででかけているのだ。
 爆豪はそう思われることは懸念していたが、ミョウジが他のクラスメイト達とショッピングモールに行くのはどうしても嫌だった。誘ったときのことを思い返すと、我ながらなかなか強硬手段に出たな、と思った。

「正直、爆豪となに話せばいーんだろうって思ってたの。ファミレスの時も。ぶっちゃけ嫌われてるんじゃないかと思ってたし」

 爆豪は、そりゃそうだろうなと思った。

「でもなんか今日、すごく楽しかった」
「あっそ」
「意外と優しいよね爆豪は」
「意外とってなんだコラ」

 すごく楽しかったんか。そーか。爆豪はにやけそうになるのを堪えた。
 爆豪はずっと気がかりだったのだ。無理矢理誘って、きっと仕方なく来てくれて、ミョウジはどう思っているんだろうと。楽しかったという言葉を聞けただけでとても安心できたし、嬉しかった。



「今日はありがとう。また明日ね」

 喫茶店を出ると、ちょーど日が沈み始めていた。
 二人は最初に待ち合わせた駅の改札で別れることにした。それぞれ乗る電車が違うのだ。

「ミョウジ」
「ん? なに?」
「LIME教えろ」
「あれ? クラスのグループに入ってないっけ」
「入ってねぇ。つーか入りたくねぇ」
「えーなんで」
「いいから教えろや」
「わかった」

 爆豪は自分が連絡を取りたい相手にしか連絡先を教えない。そして聞かない。爆豪はミョウジが表示したQRコードを読み込んで、さっそく友達追加した。

「てきとーにスタンプ送るから、登録しとけよ」

 じゃあな、と言って爆豪はミョウジに背を向けて歩き出した。

 ちょーど電車がきていたので乗り込むと、スマホが振動した。画面を開くと、ミョウジからブサイクなウサギが手を振っているスタンプが送られて来ていた。特に言うこともないので既読無視だが、爆豪は内心、連絡先を交換できたことにガッツポーズをした。

 車窓から流れゆく景色を眺めながら、爆豪は今日あったことを思い出していた。私服可愛かったな、とか、すげー美味そうに食ってたな、とか、まじで良い匂いだったな、とか。思い出すのはミョウジのことばかりだ。また明日会えるのか、と思うと嬉しくなった。




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