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「ぁっ…んぅ、はぁんっ」
「ハァハァ、艶菊、愛してるよっハァハァ」
臭い息を吐きながら馬鹿みたいに腰を振るこの男の名は正晴。二月ほど前に現れ、最近は3日と空けずに会いに来るようになった。私をいたく気に入っており、どんなに待たせても機嫌よく鼻の下を伸ばして待っている大人しい金蔓だ。豪商の息子だと言っており、もうすぐ父親に会社の一つを貰い受けるらしい。
「あっあっ」
「いいよ……気持ちいいよ……ハァハァ」
「そこはだめっあぁん!」
うそだ、全然気持ちよくない。こいつは相当下手くそだ。
この男の気分を高揚させる為によがったフリを続けるのもそろそろ疲れてきたところで、いつもの手練手管で終わらせようと常套句を放った。
「ああっんっ、もっと、もっと、きてくんなんしっ」
瞳を潤ませ下唇を軽く噛み、どこか苦しげな表情で男を見つめれば、男は興奮を抑えきれないというばかりに鼻息荒く腰の律動を速めた。
「っひゃあ!」
「なんって、いやらしいんだっ艶菊、好きだっ好きだっハァハァ」
「あんっもっとぉ……正晴、さん」
更に、離れたくないとばかりに首に巻きついて、耳元で名前を呼んでやれば。男は情けない喘声を発しながら呆気なく果てるのだ。
──嗚呼ほんとうに、馬鹿馬鹿しい行為だ。
手練手管とは、客を思うままに騙し操る手段のこと。私はこれが、人よりも得意だった。
気怠い腰の感覚に、静かに溜息を吐きながら襦袢に腕を通していると、後ろから蛇のように男が絡みついてきた。
「どうなんした?」
「本当に綺麗だなぁ…艶菊は…君ほど美しい女性を見たことがない」
「ふふ、ありがとうございんす」
「君を……僕だけのものにしたい……」
腐るほど聞いた台詞に、同衾したくらいでうぬぼれるなと心の中で嘲る。お前が私にどれだけ惚れていようが、それが誠であろうがなかろうが、どうだっていいのだ。私はただ──。
「……わっちが誰かのものになる時は、ここから出られる時だけでありんす」
「じゃあ僕と結婚しよう」
「簡単におっせえす……わっちは花魁の中でも、ごてさんに目をかけられていんすから」
「君の身請け金は相場の倍と聞いた。どいつもこいつも腰を抜かして諦めたんだろうが、僕は違う。金ならいくらでもある。君を貰えるならいくらだって払う、本気だ」
言い切られた言葉に、少し驚いた。こいつは知っていたのだ。私がここを出る為に必要なありえない金額を、知っていて払うと言っているのだ。
今まで何人もの男が私を身請けしようとしてきたが、その度に、一等稼ぎ頭の私を手放したくない楼主が巨額の身請け金を提示していた。
商人から貴族階級の者まで色々いたが、皆、所詮一遊女の為にそんな金を用意するつもりは無いと諦めて去って行ったのだ。
「正晴さん……」
「僕と結婚しよう」
絶望の濁流に溺れていた私に、一筋の光が見えた瞬間だった。やっとここから、出られるかもしれない。
2020/5/2
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