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 ここはどこだろう……柔らかい……布団に包まれている…….暖かい……この清らかな香りはなんだろう…とても気持ちが安らぐ良い香り……。

「気がつきましたか」

 凛とした女性の声がした。

「大丈夫ですか? ゆっくりでいいですよ」

 薄く開いた目に映る景色が眩しくて、閉じる。何度かそれを繰り返して、だんだんと慣れてきた頃には意識もはっきりと浮上してきた。
 声の聞こえた方に目を向けると、雪のような髪色をした佳人がいた。佳人は私を静かに見据えていた。

「あの……」

 喉が掠れて、上手く喋れない。
 佳人は徐に、傍らに置いてあるガラス瓶に手を伸ばした。

「まずは水を飲みましょうね」

 トトト……とコップに水を注ぐ動作を眺めながら、私はゆっくりと起き上がった。差し出されたそれを、素直に飲む。喉を流れるひんやりとした感覚が気持ち良い。
 一杯飲み干すと、喉は十分に潤った。

 佳人は、私からコップを受け取ると静かに話し始めた。

「目が覚める以前のことは、覚えていますか?」
「……車の中にいて……目の前で運転手さんが、死んっ食べ……ら、れ……て……」

 そうだ、急に化け物が現れて、殺されそうになって……というか、なんであそこにいたんだっけ……たしか…….やっと遊郭から出られて……正晴さんの家に向かっていて……正晴さんはどこかに行って、戻ってこなくて……それで……化け物が……──。

「いやっ……いや……死んじゃう、死んじゃう!」
「落ち着いて!」
「あっ……はぁ……はぁ……」

恐ろしい光景が脳裏に蘇って、取り乱してしまった。じっとりと汗が噴き出て、体の震えが止まらない。

「大丈夫よ……ごめんなさいね、怖いことを思い出させてしまって。ゆっくりと深呼吸をして」

 佳人は私の背中を優しく摩りながら、手拭いで顔から首にかけて滴る汗をぽんぽんと拭いてくれた。
 言われた通りゆっくりスゥーッと息を吸ってハァーッと吐く動作を繰り返すと、幾分か落ち着きを取り戻した。

「もうここに"鬼"はいないから安心して」
「お、に……」
「そう。あなたが見た恐ろしい化け物は、鬼。夜になると現れて、人を襲って食べるの。貴方は間一髪助かった……」

 鬼なんているのかと一瞬訝ったが、しかし私はこの目でアレを見たのだ。見ていなかったのならその存在をまやかしだと思っただろうが、実際にアレを見て、芯から凍るような恐怖を味わっているので、鬼という存在を信じるほかなかった。

「ここは、鬼殺隊の本部です」
「きさつたい?」
「鬼を滅するための組織です。政府非公認ですが1000年以上も前からその活動は続いています。貴方を助けたのも鬼殺隊の剣士。その剣士が、貴方をここに運んできました」
「……私以外に、助かった人は」
「……貴方だけです。すぐそばの屋敷に居た人々も、あの辺一帯に住んでいた人々も、その尊き命を鬼に喰われました」

 なんということか。正晴さんも、運転手のように惨い殺され方をしたのか。私だけ、助かった……。

 自分の感情がわからなかった。涙が出るほど悲しくもない、絶望もしていない、けれども嬉しくもない。ただ、この先どうしていいのかわからなかった。私にはもう居場所も何も無くなったのだ。

「……しばらくお休みなさい」

 佳人は私を優しく横たわらせ、布団をかけ直してくれた。私を気遣うように見ながら、また来るわねと言い残して静かに部屋を後にした。

 世界から取り残された気がした。







2020/5/4




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