5(未)

 空は快晴、爽やかにそよぐ風、たまに聞こえる鳥や虫の鳴き声。ある日の昼下がり、風屋敷は平和な空気が流れていた。

「あー……あったけえー……」

 俺は縁側で大の字になって寝そべっていた。丁度陽射しが良い感じに当たる場所で、ぽかぽかと優しい熱に包まれて気持ちがよかった。
 このまま寝てしまいたいが、この気持ちよさをもっと感じていたいとも思うので、俺は閉じそうな瞼を意識的に押し上げた。

 今日は師範が屋敷にいない。柱合会議というやつに出掛けたからだ。会議以外にも色々予定があるそうで丸二日帰ってこないらしい。
 師範はいないが俺はいつも通りきっちり自主練をこなした。けれども一人でやれることはそう多くないので早々に飽きた俺はこうして呑気に過ごしている。
 勝手に街に出かけるなと言われているので遊びにも行けないし退屈だ。

「オイ、ナマエ! サボッテルト風柱ニ怒ラレルゾ!」

 鴉が俺の周りをバサバサと羽ばたきながら言った。

「爽籟もいないしばれねーよ、お前が言わない限りな」
「コノ馬鹿! スットコドッコイ! 言イツケテヤル!」
「すげーうまい干し柿あるぞ、食うか?」
「飯デ釣ルナンテ最低ダナ! 後デ絶対ヨコセヨ!」
「はいはい」

 俺の鎹鴉政宗まさむねは口が悪くて俺に全然優しくないけど、干し柿を与えると言うことを聞く現金なやつだ。

「ミョウジ様、昼餉のご用意ができましたよ」

 声をかけられ、ゆっくりと顔を向けると隠がそばに跪いていた。

「ああ……よっこいしょ、っと」

 俺はのろのろと体を起こし、立ち上がるとグッと伸びをした。ふぁ、と欠伸が漏れる。

「ていうかさ、様とかいいよ。俺べつに偉くないし、偉いのは師範だから」

 俺はいつも思っていることを口にした。

「いえ、そういうわけにはいきません。決まりなので。この件に関しては何度か申し上げたはずですが、貴方が良くても我々が不死川様にお叱りを受ける羽目になるので、どうか勘弁してください」

 隠は毅然とした態度で言った。たしかに前にも同じことを言われた気がするが、俺は腑に落ちなかった。

「でも今日みたいに師範がいない時はさ、べつにいいじゃん」
「よくないです」
「なんで? 酷くない? え、もしかして俺嫌われてる?」
「ハァ……」
「えっなにその溜息! 怖い! 冷たい!」
「ミョウジ様、そういうことではないのです。とにかくそういう決まりなんです。さあ、どうぞ召し上がってください。では」

 話しているうちに食事が用意されている部屋についていて、隠はそそくさと部屋を後にした。俺はぽつんと取り残された気分になって──というか実際そうなのだが、唇を尖らせてしぶしぶ座った。

「……」

 ふっくらしていて脂がのった美味しい鮭と里芋の煮っ転がし、インゲン豆の胡麻和えなどなど、豪華なおかずはどれも暖かくて美味しいはずなのに、俺は味気なく感じた。

 ──師範いま何してるのかな。

 鬼殺は常に死と隣り合わせで大変だけど、その代わりお給金が多く支給され生活には困らないし、更に俺は継子なので他の隊員よりかなり質の高い衣食住に支えられて生きている。
 有難いし幸せなことだけど、どんなに広くて綺麗な屋敷に住んでいても、豪華な食事を食べられても、ひとりぼっちだと寂しいしあまり意味を感じない。
 隠は常に何人か屋敷にいるが、必要な時以外現れないしこちらから会いに行っても用が無いと避けられる。

「さびし……」

 思わずひとりごちた。

 いつもより時間をかけて食べ終えた。隠が片づけのついでに茶を注ぎに来てくれて、俺はそれをぼーっと眺めた。
 茶を飲みながら、俺はふと隠に話しかけた。

「ねぇ」
「はい、なんでしょう」
「俺も柱合会議いきたい」
「ダメです」
「え、即答? けち!」
「柱合会議はお館様のお屋敷にて執り行われていますが、あちらには呼ばれていない者は決して立ち入ってはいけないのです。規則です」
「えー」
「そもそも、ミョウジ様は外出は禁止されています。私共も不死川様にきつく申し付けられておりますので、お守りください」
「えーー」

 鬼殺隊厳しすぎる……。項垂れる俺を隠は困ったような呆れたような目で見ていた。

「あ、そうだ」

 俺は良いことを思いついた。

「なんですか?」
「いや、べつに〜〜。ちょっと体動かしてくるわ」

 不思議そうに首を傾げている隠に手を振って、俺は道場へ向かった。

 一通りいつもの練習メニューや最近教わったことの復習をして、だいぶ息が上がって汗で濡れてきた頃。
 俺は使っていた木刀を仕舞い、日輪刀で少しだけ左腕を切った。

「いっ……!」

 深さは浅いが長さにして十センチほどの傷ができた。

 真っ赤な血がツツツと溢れ出てきた。俺はそのまま倒れ、「誰かー!」と大声を出した。
 するとすぐに隠が二人駆けつけてきた。

「どうされました……ってぇぇえ!?」
「ミョウジ様! ご無事ですか!?」

 隠は俺の左腕を見た途端顔を青くして慌てふためいた。

「痛い……」
「意識はありますね、とにかくまず止血をしましょう!」

 隠はどこからか手拭いを取り出して俺の左腕に当てた。もう一人は一度どこかへ行ったかと思えばすぐに戻ってきて、瓢箪の飲み口を俺に差し出した。「水です、お飲みください」と言われるままごくごくと飲んだ。

 止血され、いつのまにか消毒もされ綺麗に包帯も巻かれていた。

「ありがとう……」
「大丈夫ですか? 他に怪我は? 気分はどうですか?」
「わからない……なんか気持ち悪い……」

 隠の二人は焦ったように顔を見合わせた。そしてヒソヒソと何かを話し、互いに頷くと一人は俺を担ぎ一人はどこかへ駆け出していった。
 玄関に着くと先程駆け出していった一人が待っていて、俺は担架にのせられた。そして、隠の二人は息を合わせてそれを担ぎ、えっほえっほと走り始めた。

 担架の揺れに本当に気持ち悪くなってきた俺は、しかし内心浮き足立っていた。
 わざと自分で腕を切り血を流して倒れたのも、気持ち悪いと言ってさも具合悪そうにしたのも全部演技。以前師範に「俺がいない時に体調が優れなければ胡蝶の所へ行け」と言われたのを思い出して、退屈凌ぎに良いじゃないかと実行したのだ。
 全治数週間の大怪我は負いたくないが、ただの擦り傷や打撲なら日常茶飯事だし屋敷にいる隠でも処置できるので意味がない。そこで、実際は軽症でも血が滴るほどの切り傷を作り、ついでに体調不良も訴えれば完璧……というのが俺の作戦だった。

 蝶屋敷に着くと、女の子達が「こちらへどうぞ!」ときびきびと医務室へ案内してくれた。どうやら鴉が先に連絡を入れていたようだ。

 医務室に着くとベッドの上に寝かされ、アオイちゃんが問診してくれた。アオイちゃんは俺に色々質問しながらテキパキと腕の治療をしてくれた。めちゃくちゃ染みる変な匂いのする薬を塗られ、思わず「うっ」と声が出た。

「傷はそんなに深くないのでちゃんと薬を塗って変に触らなければすぐに癒えるでしょう。体調は、出血と疲労によるものでしょうね。とりあえず今日は帰っても風柱様もいませんし、うちで一晩ゆっくりしていってください。ちゃんと安静にしないと治りませんからね。わかりました?」
「は、ハイ」

 アオイちゃんがあまりにもハキハキズバッと話すのでなんだか圧倒され、俺は縮こまりながら返事をした。
 俺をここまで送ってくれた隠の二人はほっとした表情を浮かべ、一言二言話すと風屋敷へ帰って行った。

 案内された部屋でひとまず言われた通り静かに過ごした。蝶屋敷は名前さながら庭にたくさん蝶が舞っていて、少し幻想的だ。
 窓越しにその風景を眺めながら、風屋敷を思い出した。こざっぱりしていて静かな庭は椿がたくさん植えられているが、俺はまだその花を見たことがない。師範曰く冬になると薄桃色の椿がたくさん咲いて綺麗らしい。これは秘密だけど、俺は花よりもそれを見て綺麗だと思っている師範が早く見たくて冬が待ち遠しい。屋敷の中は檜の香りで満ち溢れていて、日中は爽やかな風が吹き抜けてとても落ち着く。たまに縁側で師範と茶菓子を食べながらぼうっとして、気まぐれに現れる猫とじゃれて笑う時間が一番好きだ。
 ああ早く師範に会いたいな。そんなことを思ってまた寂しくなった。

 コンコンと音がしたあと「はい」と返事をすると、開いた扉からなほちゃんすみちゃんきよちゃんが縦に並んでひょっこり顔を出した。

「やあ」
「ナマエさん! お久しぶりです!」

 三人は声を揃えて言いながら、ぱあっと表情を明るくさせた。そしててててっと近づいてきて、「どうぞ!」とお菓子を渡された。

「えーっいいの、こんなに」
「はい!」
「少し多く持ってきちゃったので、アオイさんとしのぶさんには内緒です」
「カナヲさんにも!」

 三人はしーっと人差し指を口に当てた。相変わらず仲良いなこの子達は。

「わかった内緒ね。ありがとう」

 そう言って三人の頭を順番に撫でると、三人は嬉しそうにきゃっきゃとはしゃいだ。この子達を見ていると、こういう無垢な子供を守る為にも頑張って強くならなきゃなあと勇気と使命感が湧いてくる。

「ナマエさんが運ばれてくるって聞いて心配しました」
「ほんとうに。軽症でよかったです」
「熱もなくて安心しました!」

 三人にそう言われて、嬉しいやら申し訳ないやらで苦笑した。仮病ですスミマセンと言えるはずもなく、というかそんなことバレたらしのぶさんにもアオイさんにも、そして師範に雷を落とされること必至だ。そんなの鬼に会うより怖い。俺は想像してブルッと震えた。

「寒いですか?」
「大丈夫ですか?」
「毛布いりますか?」
「あ、ごめん大丈夫。ちょっと一瞬寒気がしただけ……。アオイさんにも言われたけど、大人しく過ごしてればすぐ良くなるよ」
「なにかあったらすぐに言ってください!」
「お水、ここに置いておきますから」
「金平糖食べてください」
「ありがとうみんな」

 尚も心配そうにこちらを見ながら、「また来ますから!」と言って三人は出ていった。
 元気で良い子達だなぁと思いながら俺はポリポリ金平糖をつまんだ。甘さが体に染み渡る気がして、本当に少し元気が出た。仮病とはいえ自主練はしたし、傷口が熱を持っていて本当に疲労はある。それに担架で運ばれている時の揺れも結構きつかった。なんだか眠くなってきたので、もぞもぞと布団に潜って目を瞑った。

 アオイちゃんに声をかけられて起きた時、外はすっかり暗くなっていた。

「気分はどうですか?」
「まぁまぁです」
「そうですか。夕食の支度ができてるので食堂へ来てください」

 俺はふあと欠伸を零しながらアオイちゃんの後を追った。用意されていた食事は洋定食で、どれも美味しくてびっくりした。

「美味い! アオイちゃんほんとに料理うまいね、これお店開けるよ!」

 そう言うとアオイちゃんは顔を赤くしてもじもじしながら、「私一人で作ったわけではないので」と言った。アオイちゃんはなんというか素直じゃないところがあるが、そこが彼女の可愛らしさでもある。

 風屋敷でも料理上手の隠がいつも腕を奮ってくれていて美味しいが、いかんせん和食が多いのだ。洋食が食べたい時は師範にお願いして街にでかけるが、それもそれで楽しいが今度はうちの隠にお願いして洋食も増やしてもらおう。

「果物もあるのでどうぞ」

 定食をたいらげると、なほちゃんが色とりどりの果物が載った皿をトンと置いた。

「こんなに!」
「果物には必要な栄養がたくさん詰まってるんです。それ食べて早く元気になってください」
「ハイ」

 師範にも「いっぱい食え」とたくさん食わされるが、いつもはハードな稽古の後なので余裕だ。しかし今日はそこまで体力消耗していないので正直もうお腹いっぱいだったが、女の子達に期待の眼差しで見られては食べるほかなかった。

「うまい!」

 果物はどれもみずみずしくて甘味も酸味もあって、おいしくてパクパクと食べ進んだ。なるほどこれが別腹というやつかと思った。その様子を見てきよちゃんやすみちゃんが「やったー」と嬉しそうにしていた。

 それから風呂に入って、またあの変な匂いの塗り薬を塗られて包帯をきゅっと巻かれた。アオイちゃんに「不死川さんが心配するでしょうから、早く治るといいですね」と言われなんと返したらいいかわからずとりあえず「そうだね」と答えた。

 廊下を歩いているとカナヲちゃんに会った。いつ会っても変わらず喋らない子だ。正直接し方がわからないけど、挨拶するとぺこりとお辞儀された。

「カナヲちゃんもしのぶさんいなくて寂しい?」

 俺が聞くと、




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