廊下に出て階段をくだり、一階の玄関口まで行く。あたりを見渡す。 ひとは居なさそうだ。 京介は、下駄箱の側面に背中をあずけて立っていた。 私は 軽く弾んだ息を整えながら、彼のそばに歩み寄った。 目を合わせてから、三回またたきしたら、それが呼び出しの合図。 この合図は、京介と決めたものだ。 一つ。会話を必要とするときは、人目のない場所で。 二つ。校内では下の名前で呼び合わない。 この2つの決まりのおかげか、私たちがいとこだという噂は聞いたことが無い。 京介はもてる。物凄い人気だ。 本人は気を引いているわけでも何でもないのに、女の子はみんな京介が好きだ。 この前まで、休み時間は 私たちの1年A組だけ、入り口がいつも混雑していた。 京介を一目見にやってくる女の子や先輩方が途絶えないからだ。 昨日も、他のクラスの子からなにやら差し入れを貰っているのをみた。 授業で京介が教科書を読めば、クラスの女の子たちは心なしかうっとりしているような気がする。 京介は出席番号が早いから、この前日直の仕事が回ってきていたのだけれども、 京介の日誌の字が、たくさんの女の子の携帯電話のカメラにおさめられていたのを目撃してしまった。 「やばい超きれいな字」「超達筆やばい」「おとなっぽ〜」などなどと評価されていた。顔が綺麗なら字まで褒められる(京介の字はそこまで綺麗じゃない)。 クラス合同の体育では、…ってもういいか。 中学でも京介はこんなふうに過ごしてきたのだろうか。 やることなすこと注目をあびて、それに比例して生きているだけで面倒事も多いんだろう。 加えてもし、私の存在がバレてしまったら、もっと厄介なことになるんじゃないだろうか。 でも幸い、ステルス行動は得意分野だ。これでも一応だてに狙撃手をやってないのだから。 京介がいる下駄箱の表側を通り過ぎ、裏側に回る。 私たちは靴箱を挟んで、言葉だけ交わし合う。 密輸業者かスパイみたいな気分だ。 京介は言った。 「牛乳がもう無いぞ」 鼻から笑いが抜ける。 「ラインで言ってよ……」 京介がうちの冷蔵庫事情を知っているのは、ここ最近、私の家で寝食しているからだ。 京介が声を上げた。 「あ、カモだ」 「カモ?」 「ウソ」 「うそか…」 「カモウソ…」 「…」 カモウソて。カワウソっぽいとひらめいたから口に出したんだろうが、あまりにも意味のない…… でも、理由もなくつく 京介の嘘が、けっこう好きだ。 京介の嘘は役に立つ。 つく理由も、だいたい場を和ませるためだったり、笑わせて両間の距離を縮めるためだったりする。 そして本当に人をなごませてしまうんだから、 京介の嘘には社交性があるなあと感心することも多い。 くだらないけど、全然くだらなくなんかないんだよね。 気がつかず、そんな言葉がぽろりと口から出ていた。 その直後、 下駄箱の表側に居たはずの京介が私の前に来て、 私のことを、じっと見下ろした。 |