知られざる禁断魔法 3
♡ C l a p ♡
「着いちゃったな……」
「なんで千草が緊張してるの」
「だって、遊びに来るのと勉強するのに場所を借りるのじゃ全然違うじゃん!」
「その緊張感があった方がいいだろ」
「うぅ……!」
「ほら、入って──」
正悟は少しだけ先に店へと入ると、千草もまた付いて行くよう後に続く。
すると中に入ったと同時に禅に迎え入れられ、千草は緊張しながら挨拶をする。
普通にしていればいいのに、と正悟はおかしそうに微笑んでいるが、そんな正悟の笑みに気付くことはなく千草は緊張し続けていた。
「いらっしゃい。正悟から話は聞いているよ」
「あ、あの!しばらくの間、お世話になります!」
「フフ、そんなに硬くならないで。いつも通りで、ね?」
「ありがとうございます!」
千草の緊張があまりにも酷いと感じたのか、禅は気さくな調子で話しかけるのだが千草は変わらず返事をして深々と頭を下げた。
禅と正悟は顔を見合わせながらその姿を見て微笑んでいるのだが、千草がなかなか頭を上げないので禅が再び話しかけると、ようやく落ち着いてきたのか千草も少しだけいつもの調子が戻ってくる。
「事情が事情だから構えてしまうのもあるだろうけど、なるべくリラックスして勉強していくといいよ」
「はい……!」
「正悟も店番はいいから、自分の課題でもやりながら教えてあげるといい」
「禅さん、ありがとう!」
そういうと二人は奥のスタッフルームへと入っていき、勉強をするための準備を始める。
まずは千草の苦手な教科から始めることにして教えていくのだが、少しでも多くの知識が身につくよう真剣に話を聞いている千草の姿を見て正悟は少しだけ安堵していた。
それに教えていると意外なことに気が付いたのだが、千草の飲み込みの早さが思いの外良かったのだ。
一度教えれば然程困ることがないようで、応用問題も少しのヒントを与えるだけで解いていくので教えていても効率が良く正悟としては満足している。
「そう、それはさっきの応用で──」
「なるほど……あ、だからこうなるのか」
「フフッ……」
「先輩?」
「あ、ごめん。千草が真面目に勉強してくれてるのが嬉しくて」
「そりゃ、こんだけ丁寧に教えてもらってたらやるしかないって!」
「少しは勉強好きになった?」
「先輩に教えてもらうのは好きになった」
「フフッ、なにそれ?」
正悟は自然と笑みが零れて声に出して笑い出す。
そんな正悟を見て千草も同じように笑っていると、二人は少しだけ息抜きをしながら話をすることにした。
勉強を始めてから数時間が経過したので、正悟は休憩がてら紅茶を淹れるために立ち上がると、湯を沸かすためにポットに手を伸ばしてコップを並べて注ぐ準備を始める。
数分経つと香り豊かな紅茶が入ったのでそれをテーブルに置くと正悟は禅の元にもそれを届けに行き、戻ってきたところで千草が昔話を始めたので正悟も興味があったからか耳を傾けることにした。
「あーあ、昔っから先輩が家庭教師なら良かったのにな〜」
「千草、家庭教師いたの?」
「いたよ、去年までは」
「今は?」
「勉強嫌いの不良になってるのにいないって!アイツら親父に媚び売ることしか考えてねぇんだから……」
「そっか……」
「オレの勉強嫌いは遊ぶ暇がないくらい勉強漬けにした親父のせいだから。これでも前は真面目だったんだぜ?」
千草の根は真面目で純粋なところと、過去に積み上げてきた勉強の努力が今の吸収力を物語っているんだと、正悟はそれで合点が行く。
しかし、どれほどまでに子供に勉強を押し付けたら逃避したくなるのかというのは、正悟には考えが及ばなかった。
それは正悟自身も父親との確執で今も折り合いが悪く上手く付き合えていない現状があるからこそ、千草の気持ちが少しだけ分かってしまうので、だからこそ千草の父親が何を考えているのかというのは理解しようにも理解出来ないというのも仕方のないことであろう。
それに親が何を考えているかなどというのは親になるまで分かることもないだろう、しかし正悟には禅という存在がいて、父親に頼らずとも頼りになる存在が確かにそこにいた。
それに少し助けを求めれば郁磨という存在もいたので、それこそ自由という訳ではないが自分らしくのびのびと生きてこれた自覚を持つ程度には正悟も理解している。
だが、千草はどうだろうか──今まで周りからの重圧と父親の圧力に耐えうるだけの助けになる存在はいたのだろうかと、正悟は考えてしまう。
「嫌な時に誰か頼る人、居なかった?」
「母さんは忙しいし、兄弟も弟しかいないから頼る訳にはいかないし、長男だから〜って使用人たちもオレにキツく当たるし、嫌になるよ」
「千草も大変だったんだな……」
「ぜーんぜん!先輩に比べたらこれくらいどうってことないよ」
「でも……」
「それに!今となっては先輩が隣りに居てくれるから、平気!」
千草はそういうと満面の笑みで正悟を見ると、近くにあった紅茶を飲み干し再度勉強の方へと集中する。
正悟は内心色々なことを思っていたが、自分も負けじと課題を片付けながら千草の勉強を見ていくことにした。
──そしてそんな時間が何日も続くと、次第に追試の日が近付いてきていた。
千草も手応えは感じてきていたのか追試前日の勉強会では余裕も出て、表情にもそれが現れていたので正悟としても千草の顔を見て安心している。
追試の日も正悟は家でそれとなく千草のことを考えながら過ごし、千草本人も真面目に追試を受けると結果が出るまでそわそわしつつ確実に感じていた手応えを現実のものへと変える日がやってくると、千草は返ってきた答案用紙を持って正悟の下へと報告に行く。
授業が終わり店へと向かうと、正悟も禅も快く迎え入れてくれたことに感謝しつつ、追試の結果を報告していくのだが正悟は内心驚いていた。
効率よく勉強が捗ったと思っていても追試の量があまりにも多かったため、ギリギリのラインを回避出来るだろうという程度にしか考えてはいなかった正悟は返却された答案用紙を見てその高得点の数字が書かれていることに一瞬、目を疑ってしまう。
「まさか全教科90点台を取ってくるとは思わなかった……」
「フフン、オレだってやれば出来るんだから!」
「普段からやってほしいとは思いつつもそれは一旦置いといて、安心した。お疲れ様」
「まぁ、ほとんど先輩のお陰なんだけど……」
「頑張ったのは千草だよ。俺は少し手伝っただけだから」
正悟の教え方が上手かったのもあるが、千草としてみれば手を差し伸べてくれたこと自体が嬉しかったし、今回の点数にも繋がったと考えている。
そもそも正悟が千草に対して勉強をしよう、教えるからと言わなければ千草は追試自体がどうなっていたか分かりはしない。
それくらい千草は勉強することに対して嫌気を感じていたのだから──。
それに、応援する形で見守ってくれた禅へもお礼をしなければと千草は改めてお辞儀をして禅へも感謝の言葉を述べる。
「あの、禅さんもありがとうございました!勉強する場所も貸してもらって、先輩の貴重な時間も頂いてしまって──」
「千草くんは本当に律儀だね。気にしないで、僕も二人が頑張る姿が見れて楽しかったから」
禅の優しさに触れ、千草は正悟が普段誇らしげに禅のことを話す訳がここに来て分かった気がした。
初めて会った時には分からなかった禅の器量やさり気ない気遣いなど、正悟が常々自慢の叔父だと言っているのも納得な気がする。
三人はその後も和やかな雰囲気のまま他愛のない談笑を続けて夕日も落ちかけていた頃だ。
平穏そのものであった空気が、たった一組の来客で一変した。
あの禅ですら雲行きが怪しい表情をしており、正悟に至っては不安と焦燥感に駆られたような表情でいる。
入口に背を向けていた千草もその空気を背中で感じたため振り向きざまにその人物を視認するのだが、確かにそこに居る人物は何かこの世に居る存在とは少しだけ違う雰囲気を感じさせており、まさに“住んでいる世界”が違うといった表現が正しいのかもしれない。
当然何か言葉を発する状況でも出来る状況でもないため千草は静かに息を呑んでいると、その重い空気を切り裂くように、入ってきた相手が声を出して挨拶をしてきた──。
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