知られざる禁断魔法 5


♡ C l a p ♡


「日曜日、大丈夫かな……」

黒衣とリアムに会った日から数日が過ぎていつも通りの昼下がり、昼食を終えた二人は他愛もない話をしていたのだが、正悟が不安になり日曜の話を切り出して来るので千草としてはそれに対しての返事はどうしたものかと悩んでしまう。
どんな状況になってもなるべく禁断魔法ルーティアクトに関わる内容の話を外でしないようにと禅に止められていたので、あまり深くは語らないようにしていたのだが正悟の不安を和らげるためにするのであれば話は別だ。
それに千草が一言告げれば正悟はその声に反応するように安心感を得る。

「大丈夫だよ、先輩」

千草はそういうと正悟の肩に手を添えて少しだけ自分の方へ引き寄せると、正悟も安心したように千草の肩へ頭を預けて目を閉じる。
正悟は常々感じていた──千草の“声”には力がある。
何かを成し遂げようとする時、自分の事を心配してくれている時、千草の声を聞くだけで心が落ち着いて能力も安定していると、そんな風に感じていた。
しばらくそのままの状態で座り続けていたのだが正悟が落ち着いた頃、肩に置かれた千草の指先に触れて互いの存在を確認するように少しだけ指を絡めていると、予鈴が鳴り二人の時間は終わりを告げる。

「戻らないと……」
「先輩、何があっても大丈夫だから」
「うん。信じてる」

そういうと二人は日曜日の約束をしてからそのまま授業に出るために自ずと教室へと戻り、千草もあれからというもの授業には真面目に取り組んでいるようで、正悟の心配事も一つ無くなったようであった。
──千草は毎日考えている。
リアムに何を言われるのか、残酷な運命を言い渡されるのではないか、正悟との仲を引き裂かれるのではないか等、色々と考えはしたものの全ての答えは決まっていて、正悟に寄り添うと決めた以上その意志だけは何があっても揺るがないものであると証明したい。
そんな風に考えていたからか、日曜日になってあの黒衣に会わなければいけなくなったとしても怖くはなかった。
多少の緊張はあれど、それで千草の気持ちを蔑ろにされる訳にはいかないからだ。
そうしていると日曜日などあっという間にやって来て、千草は約束の時間に約束の場所で正悟と共に黒衣の迎えを待っていたのだが、実際の時が来たら緊張しないのだろうかと正悟に心配されてしまう。

「千草、緊張してない?」
「え?平気だと思うけど」
「そっか……なら良いんだ」

千草の返事で正悟は少しだけ安堵していたが、実際には千草よりも自分の方が緊張しているのだと気付くのに数分はかかり、この後の展開のことを考えると、正悟は心配で不安になって心が張り裂けそうなほど緊張していた。
だが、千草を信じると決めたのだからその心に従うまでだ──しばらくしていると、黒塗りの重厚そうな高級車が目の前に止まり二人の前に黒衣が現れる。
車から下りてきて二人に挨拶をすると、正悟に対しては変わらず普通に接していたが千草に関して言えば妙に高圧的であったため、千草も負けずと意志を貫き通すことにした。
そうでもしないと黒衣の重圧に押し潰されてしまいそうになるくらい存在が濃いのだ。

「おはようございます。数日ぶりですが、息災でしたか?」
「日々元気にやっております、黒衣様」
「それはよかった──さて、天ヶ瀬千草」
「はい」
「今日の“覚悟”はしてきただろうか」
「大丈夫です。何でも聞いてくれて構いませんので」

その言葉を聞くと黒衣は満足そうな表情をして二人を後部座席の方に招き入れ、発車の準備を指示して自身も運転席へと乗り込む。
正悟はてっきり運転手が居るものだと思っていたので、黒衣の運転で向かうことになるとは思ってもいなかった。
千草は何を考えているのか分からないが、身体は真っ直ぐに前を見据えて、顔だけを窓の方へ向けて微動だにもせずにただ景色が流れていくのを感じ取っていた。
しばらくはその様子を横目で見ていた正悟も落ち着いてきたところで精神統一を始め、呼吸を整えつつ緊張を解すように静かに乗車している。
しばらく公道を走っていると大きな門が見えてきたので着いたかと思いきやそのまま車で移動することになり、流石の千草でも緊張しているのではと思い正悟は顔を見てみるとその表情は笑っていた。
分かりやすく笑っていた訳ではないが自信に満ちた表情とでも言えばいいのか、緊張とはかけ離れたその表情を見て正悟は安堵しつつも自分自身もその自信を分け与えてもらえたような気がして少しばかり心が軽くなる。
車がしばらくして止まり二人は降りるように言われ黙って降りてみると、そこには異国感溢れる洋館が聳え立っていた。

「流石にデカい……」
「初めて来ると驚く人も多いでしょう」

千草が驚いて零した言葉に返事をするかのように黒衣が口を開いて声を発すると、そのまま黒衣が先導して屋敷まで向かうのだが屋敷の前には庭があり何個も薔薇のアーチを潜っていかなければならないため、建物の入口に着くのはまだ数分先のことになりそうだ。
そんな庭を突き進む黒衣の後ろを正悟が続いて歩き、更にその後ろを千草が追っていた。
千草としては付かず離れず正悟の後ろを歩いていたと思っていたのだが、あまりの広さに右左と顔を向け色々な所を見ていたせいか気が付いたら目の前に誰も居ないという状況に追い込まれ、瞬間焦りと共に疑問が生まれ、千草は考え込むことになる。
入口から始まって庭を進んでいても道なりに進むだけのはずが気が付いたら迷った形になり、一本道で迷う訳もないのだが目の前には正悟の姿だけではなく黒衣の姿もない。
それどころか気配すら無くなり、この空間が隔離されているのではないかというほど静まり返っているのだ。
あの濃密な気配や鳥のさえずり、草木が揺れる音、それらが全てが無くなり、千草は異空間に居るのではないかと思わせられる状況に置かれてしまった。

「先輩!どこにいるんだよ!」

焦りと共に緊張を解くように声を出して正悟を呼ぶが、どれだけ時間が経過しても正悟からの返事はない。
それどころかここに立って数分しか過ぎていないはずなのに、もう何時間もここに閉じ込められている感覚に襲われる。
普通じゃない──千草はそう感じて焦るところであったが状況を再確認することで何とか平常心を保つことが出来た。

「誰も、いない──」

千草は少しだけ考え込み、立っていても仕方がないと思ったのか歩いてみることにしてゆっくりと歩き出す。
最初は薔薇のアーチが続いているだけで長い回廊のような場所だと思っていたが、次第に不自然なことに気が付き、永遠と庭から出ることが出来ずに同じ道を繰り返しているのではないかと思えてきた。
同じところをひたすら歩く感覚に、千草は嫌気すら覚えてきたその時だ。
千草の耳に人の声が入ってきたのだがその声の主は一向に現れる気配はなく、ただひたすらに千草の様子を見て話し合っているかのようであった。

「ケッケッケ、なんだコイツ!久しぶりの獲物だって言うからどんな奴かと思ってたのに、偉く落ち着いててつまんねぇな!」
「駄目よ、セラフ。見つかっちゃうわ」
「何言ってんだよ、レティ!コイツに俺様達の姿が見えるわけねぇだろ?」
「けどクー様に遠くから見張っておけって言われたじゃない」
「だってコイツいつまでも同じところをぐるぐる回ってるだけだから飽きちまったよ」
「私はやぁよ、クー様に怒られるの」
「クーだって俺様達が居なきゃ困るんだから、問題ねぇって!」

そんな会話がどこからともなく聞こえてきた矢先のことであった。
千草の前に天使の羽根を纏ったとても小さな少年──というよりはとても小さな妖精のような大きさの少年が空から飛んでやって来て、千草のことを馬鹿にするように指差してくる。
千草は一瞬何が起きているのか分からずに思考が停止してしまったが、次の瞬間思いがけない行動に移ってしまった。

「うわ、何しやがる!」
「セラフ!?」

千草はその小さな妖精の羽根をつまむように持ち上げ、顔をじっくり見ようとその少年と目が合うまで見続けると互いに目を丸くして驚き、小さな悲鳴を上げて平常心を取り戻そうとしている。

「生き、てる……!?」
「オマエ失礼な奴だな!は、な、せ!俺様の綺麗な羽根が台無しになるだろ!」
「この子、セラフが見えるの?」

セラフと呼ばれた天使のような妖精は暴れることによって千草の手から脱すると、次に悪魔の翼を持った少女のような妖精が現れたのでその子に手を伸ばして頬に指を当てると、実体があるのかどうか確認した結果、先程のセラフ同様、確かにそこに存在しているのが確認出来た。

「ちょ、ちょっといきなり何するのよ!」
「え?あぁ……ごめん」
「ん、まぁいいわ!」
「あのさ、ココどこ?オレ、行かなきゃいけないところがあるんだけど」

小さな二人は互いに顔を見合わせてから千草を見ると、どうしようという悩みにも似た何かを視線でやりとりしていたが、いつまで経ってもレティが口を開かなかったことで、セラフの方が痺れを切らしたかのように口火を切った。

「ココはお前を試す場だ!」
「オレを……試す?」

初めは何を言われているのか理解出来ずにいたのだが、そんな千草にレティが更に追い打ちをかけるように会話を振っていくと、千草も段々と目の前に居る存在に慣れてきたのか普通にレティと会話をし始める。

「そぅよ、貴方は試されてるの」
「試すって誰に?」
「我らが主、黒衣クー様に、よ」
「クー様ってあの黒衣って人……?」
黒衣こくい様、よ。様を付けないとダメじゃない!」
「え、ダメなのか?」
「あの人は凄い人なんだから!」
「まぁ、確かに凄そうな人ではあるけど……」

千草は困りながら笑ったような表情を浮かべると、レティと会話しつつも他の問題を考える思考を放棄することはないようで会話をしながらその問題をどうするか考えているようだ。
ここがさながら試練の間とでもいうのであれば出口は必ずあるだろう、千草はそう考える。
きっかけがあればここから出られると考えた千草は、そのきっかけをセラフとレティに与えてもらおうと思い、会話を慎重に進めていく。

「その……黒衣様はオレに何を求めてるんだ?」
「それは──」
「おい、レティ!何も言うなよ!言ったら試練にならないからな!」
「そんなこと言って、セラフはこの失態をどうする気なのよ」
「失態じゃねぇし、そもそも何でコイツは俺様達“上級式神”が見えんだよ!」
「そんなの知らないわよ!」

言い争いを始めた二人を見ながら、その小さな容姿からして普通ではないと思ってはいたが“式神”という単語を聞いて千草は様々な想像を重ねていった。
式神と言えば過去に陰陽道で陰陽師が使役していたなどと伝えられ、漫画やゲームの世界でもよく出てくるものであると認識しているがここは現実で、自分の生きている世界でそのような存在が認知されれば大発見だと言われてもおかしくない。
それこそファンタジーの世界だと言われても違和感のない風体の存在が目の前には居るが、千草も正悟と出会う前ならば何が何でも信じなかったかもしれないだろう。
しかし、今となっては魔法が存在する世界に片足を突っ込んだ時点で式神の一体や二体、現れたところで動揺することもなく千草は目の前の現実を受け入れていく。
そういった素直な点は、千草の長所とも言えた。
千草は自称式神の言い争いを止めるべく、声を出しながら二人の両翼をつまみ上げると即座に言い争いは終わり、式神の二体は千草の方を見てくる。

「ほら、言い争いは終わり!終わり!」
「あ!お前また俺様の羽根を掴みやがって!」
「レティの翼まで!酷いですぅ!」
「オレさ、二人に聞きたいことがあるんだけど?」
「だったら放せっての!」
「話してくれるなら放すよ」
「んもぅ!セラフのせいでレティまでこんな目に!」
「だぁもう!話せばいいんだろ!話せば!」

セラフが観念したかのように腕を組んでムスッとした顔で話をする姿勢を見せたので、千草も小さな羽根を解放してやると二体の式神は再び自由に宙を飛んだ状態で会話を始めた。

「まず、ここから出る条件は?」
「それ言ったら試練にならねぇじゃん」
「でも試練らしいことも起きないんだから仕方ないだろ?」
「この試練は忍耐力と精神力、あと適応性と判断能力が試される場よ」
「あ!レティ!喋り過ぎだろ!」
「もぅいいじゃない。ずっと遠くで見てたけど、忍耐力も精神力も申し分無いわ」
「フン、勝手にしろ!」
「私たちが見えてる時点で適応性も合格ね。判断能力に関しても落ち着いて対処してる時点で合格じゃないかしら?」

レティの話が真実ならば試練には合格と言うことでいいのだろうと千草は考えたのだが、それでは腑に落ちない点が一つある。
何故、試練の間から出ることが出来ないのか──それが分かるまではここから出ることは叶わないのだろう。
黒衣は初めに覚悟はしてきたか、と千草に聞いてきた。
覚悟を見極められていないから、ここから脱出するための出口が現れないのだろうと言うのはすぐに察しがついた。
しかし、覚悟というのはどう表せばいいのかと言うのが千草にとって最大の難関ともいえるのだろう。
正悟を支え、助けたい──そう願っていれば覚悟になるのだろうか。
いや、それではまだ足りない──口では何とでも言えてしまう。
黒衣が見たいのはおそらく本質的な話だ。

「ここから出るにはオレにもう一つ試してないことがあるんだろ?」
「私、察しの良い子は好きよ」
「“覚悟”だろ?」
「そぅよ。聞かせてくれる?貴方の“覚悟”を、ね」
「オレの覚悟……それは──」

千草はレティに耳打ちするように言葉を残す。
チラチラとセラフは気にしていたがその声はレティにしか届いておらず、おそらく黒衣にも届いていないだろう。
だがレティは次の瞬間、表情に笑みを浮かべてそれを声に出して分かりやすく笑い出した。

「ウフフ!面白いわね、貴方」
「そりゃあ、どうも」
「良いわ!貴方の覚悟、確かに受け取った」
「なぁ、レティ!コイツなんて言ったんだよ!」
「良いから、セラフ!早く出口を作るの手伝ってちょうだい」
「はぁ!?コイツの覚悟はどうなったんだよ!」
「もぅ!セラフは知らなくてもいいわよ!」
「ざっけんな!そんな勝手に話進めんな!」
「勝手にしろって言ったのはセラフでしょ。クー様も良いですね!もぅ扉を開けますよ?」

そういうと渋々動くセラフと意気揚々と大きな扉の出口を作り出すレティの魔法に千草は目を疑いつつも、これが正悟の世界に繋がる入口にもなると考え、その扉に一歩ずつ足を動かしてそこから移動していく。
もう少しでこの長い回廊ともお別れだ──正悟が待っていて出迎えてくれるだろうと千草は思い、ゆっくりと歩いていた状態から駆け足となり、最後には飛び込むように出口から入口への扉を潜り抜けた。

「ようこそ、我々の世界へ──」




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