知られざる禁断魔法 6


♡ C l a p ♡


セラフとレティにより開かれた扉を潜り抜けるとそこにはリアムと黒衣、それから正悟がテーブルを囲んで待っており、式神の二体も先程とは打って変わり静かに黒衣のそばに仕えている。

「千草……!」
「ごめん、待たせちゃって」
「ううん、千草がここに居てくれればそれでいい」

千草の姿が見えた瞬間、正悟は立ち上がり心配そうに駆け寄って来たので千草は照れ隠しをしながら笑って誤魔化すと、正悟は一安心といった感じで小さく安堵の溜め息を吐いた。
リアムはそれを微笑みながら見ていると、会話が終わったところで手招きをして千草をテーブルの方へと誘導する。
テーブルにはアフタヌーンティーの準備がされており、優雅なお茶会で出されるであろうお菓子が色とりどりで並べられ、形の上では賓客扱いされているようだ。
その後、千草はリアムの許しを得てからテーブルに合わせてデザインされた豪華な椅子へと座り、黒衣が差し出したティーカップを一瞥すると礼を言ったところで初めてリアムが口を開いた。

「やぁ、天ヶ瀬千草くん。正悟達から聞いているとは思うが、改めて自己紹介をしておこう。“禁断魔法を行使する者ルーティアクター”を統べる者、リアム・ヴェルデリードだ。気軽にリアムと呼んでくれて構わない」
「リアム様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「君は聞いていた通り、律儀な子だね。そして私の横に居る者が、知っての通り黒衣だ。先程の黒衣による試練などと言った無礼な働きを詫びよう」
「いえ、そんな……」
「しかし、君の素質を見極めるにはどうしても必要だったんだ」
「それでオレは──」
「この場に居られるということは見事合格だ」

千草は正悟と視線を交えてから安堵していると、リアムは話を続けるために紅茶を口に含み飲み込むと一息つきながらと真剣な表情で千草に事の詳細を質問していく。
それに対しては何でも聞いてくれて構わないと言った手前、千草は全ての質問に答えなければならなかったが、それほど緊張することもなくスラスラと言葉に詰まらないで答えられたのは良好な関係を築く際に好手と言えるのではないだろうか。
正悟との出会いから今に至るまで質問は事細かくされたが、千草は真摯に受け止め丁寧に話して言くとリアムも満足そうに相槌を打っていた。

「君は本当に正悟この子の力になりたいんだね」
「はい。多分、先輩が思ってる以上にオレは先輩に救われてますので……」

リアムは正悟を一瞥した後、優しげに微笑むと千草は真剣な眼差しで返事をする。
自分の立場、状況を千草は本当によく理解しており、正悟もこの話し合いが滞りなく上手くいっていることに安堵していた。
しかし、この先の話し合い次第で千草に対する処遇がどうなるかというのは、この時点ではまだ決まった訳ではないので、正悟の気が休まるのはまだまだ先の話ではある。
とはいえリアムとしてはこの段階で既に千草の素直さ、そして謙虚さも気に入っているようであった。
だが、それで満足する訳にはいかない。
見極めなければならない──千草の人柄、来歴、何よりもこれから先、正悟の隣りに居続けたいと願うならどうしても言い渡さなければならないことがある。
それが、千草も気になっている禁断魔法についての話だ。
この話が受け止め切れるかどうかで、二人の運命は大きく変わってくるのだから──。

禁断魔法ルーティアクト──君が今、最も必要としている知識。それを共有したいと思っている」

リアムの提案に千草は小さく頷くと、緊張しながらその話を聞くことになるがそれほどその話は重要であり今後の運命に絡むことであるため、真剣な表情のままで千草は耳を傾けることにした。
ここから先はリアムが語り部として、統括者として、言葉を紡いでいく。

「まず、禁断魔法というのはこの世界の根底にも潜んでいる原初の神が人間に恵んだものだと伝えられている。元々この世界は荒んだ大地でとても人間が耐えうる土地ではなかった。では何故、窮地に陥った人間に神は恵みの雨を振らせ、大地に活力を与え、文明の礎に炎を燃え滾らせ、淀んだ空気を吹き消す風を作り出し、人間にとって暮らしやすい土地にしていったのか──それこそ正に神の気まぐれでもあり寵愛の証でもあった」

リアムはここまでの話をすると一拍だけ間を空けるように紅茶を口に含み喉を潤す。
その後もリアムの話は続き、千草は口を挟む余裕すらなくただひたすらに言葉の意味を理解しようとするので、精一杯であった。

「そんな神の気まぐれで誕生したのが、この世界を叙事詩に書き留める存在、私の祖先であるヴェルデリードという家系だ。そちらの話は機会があればそのうちに、ね。それよりも今日話しておきたいのは正悟のことだ。そちらの方が君にとっても正悟にとっても身近で限りなく運命を左右させる話だろうからね」

ここまでの話は正悟も随分昔に聞かされているし、これからする話もおそらく自分に聞かされてる話と同じことではあるだろう。
しかし、気になるのは千草の反応だ。
ずっと千草を信じてきたが、ここまで突拍子のない話をどこまで受け止めてくれるのかと、正悟は少しだけ心配もしていた。
最後まで信じる──そう心に決意したのだから、もう悩むな、千草を信じ続けるんだと、正悟は心の中で信じ続けたいのにそれを打ち消すかのような、不安のような感情が渦巻いているのもまた事実であった。
そんな風に正悟が考え、俯きかけた時だ。
隣に座る千草が正悟の手を握って優しげに微笑み、正悟を安心させるように決意を表明すると同時にリアムへの返事となる言葉を口にする。

「オレ、どんなことでも受け入れます。先輩のためにも、自分自身のためにも──」
「その言葉が聞けるのは本当に嬉しいことだ」

リアムは心底感心したような表情で千草の言葉を受け止めると、そのまま詩でも読むような口調で正悟の生い立ちを話していく。
すなわち正悟に関する禁断魔法についてだ。

「正悟には二つの能力が宿っているのは知っているね?」
「はい、それは聞いています」
「我々の扱う能力にはそれぞれランクが付けられていてね、自身にも他者にも人体に影響を及ぼすものであればあるほどその枷は重くなってしまう」
「枷っていうのは?」
「主に行動範囲や能力を行使することの制限をかけている」
「それで先輩は他人を拒絶してたんですね……」
「そういうことになる。正悟の場合、魅惑の馨香フィーフェリア粛然たる剛力ダイティオーレの制限がかなり特殊なものとなっていて、それらを制御出来る年齢まで枷が外れることは無いだろう──と、千草くんにはまだ話していなかったね」

リアムはそこまで言うと口を閉ざして考え込む素振りをしながら数秒間だけ本当に黙ってしまう。
──何故黙ったのかと言えば、この話は初めての人間にとっては難し過ぎる話ではないかと、そう思った瞬間、説明するためにどう言えば分かりやすく伝わるかを考えてしまった。
だがリアムは正直に全てを話すことを決めて千草という存在に賭けてみたくなったのだ。
禅の言うことがここに来てようやく分かり、リアムとしては少しだけ嬉しくなってしまう。

「ここから先は少し話が難しくなるけど大丈夫かな?」
「大丈夫です。続けてください」
「分かった。では続けようか──フィーフェリア……現代の言葉で直訳すると魅惑の馨香と言うのだけど、我々は古代語イーティリア語と言う言語でこれらを呼称している。古代語は能力の区分けや歴史的な事件等があった際に使われている訳だが、これは叙事詩に刻む言語の歴史が古いことを意味している。それを扱えるのがヴェルデリード家とそれを支える星天陰せいてんいんの家系である黒衣の一族だ」
「せいてんいん……?」
「禁断魔法とは違う性質で伝わる一族の能力といったところだよ。千草くんが先程見た式神の能力がそれに当たる。他にも色々とあるがこれもまたいずれ話すとしよう。話が逸れたね、では、これを踏まえて正悟のことだ──」

ここでリアムは正悟の了解を得るかのように視線を合わせてこれから先の話をしようとする。
正悟としてもいつかは話さなければと思っていたので、例え重くなる話であっても千草に聞いてもらいたいと自分の意思を伝えることにした。

「ここに来た時から心の準備は出来ています」

正悟がそういうと、リアムは最後にもう一度確認するかのような言葉を選んで千草にも同意を貰おうとする。
それほどまでに正悟の過去は重く苦しいものなのだということを理解して欲しいと思ってのことだ。

「千草くん、これから話すことは正悟の過去に絡んでくることだ。気を悪くしないで聞いて欲しい」
「分かりました」
「正悟の能力が覚醒したのは一歳の時だ。正悟この子の母親から受け継いだ能力だった。そして次に現れたのが三歳の時に起きた突発的な‪ことが原因で第二の能力粛然たる剛力は発動した。どちらも求めて覚醒した訳ではなく、幼少期から正悟は苦難な道を歩いている」
「そんな……」

正悟にとっては思い出したくもない話であろう。
しかし、それでも正悟は前を向いて進もうとしている。
そんな正悟の姿を見たら、自分だけ後退りする訳にはいかないと、千草も気合いを入れ直して続きの話を受け入れていく。
リアムも二人の決意が伝わって来たのか、より一層身を引き締めて会話をすることに決めた。

「能力の覚醒から正悟の運命は一変してね、束の間の安らぎを得ることなく事件に巻き込まれやすい存在になってしまった。幼少期の誘拐騒ぎなどは日常茶飯事と言えたほど、過酷なものだった。それから正悟には厳しい監視体制と行動の制限を枷ることになってしまってね……生きていくためには仕方のないことだった」
「先輩……」

正悟の生い立ちを知り千草は正悟の顔を見るが、その顔は困惑しながらも微笑みを浮かべていた。
今までの人生を振り返ってみても良い思いなどしたこともなく、不自由な生活を余儀なくされ、正悟の感情は世界に拒まれ、我儘の一つも言えない生活に、自分であれば耐えられないと千草は思う。
しかしそれでも正悟は千草に心配させまいと笑って安心させようとする。
何でこんなにも世の中は不条理で残酷なんだろうと思っていると、正悟が千草の感情を察したのか、一言だけ声をかけてきた。

「俺なら大丈夫だから」

正悟がそう言うと、千草はいたたまれない気持ちになり複雑な感情を胸に抱く。
心配すれば正悟は気を使ってしまうし、かといって心配しない訳がなく千草は葛藤してしまう。
そんな二人を見てリアムはこの先の話をしようとしたのか、二人に向かって声をかけてくる。

「ここで二つの能力の話に戻ろう。正悟の能力は勿論感じているだろうが、魅惑の馨香──それが一番の難題だ。千草くんも知っての通り正悟には人の意思に関係なく引き寄せる力がある。当然、個体差はあれど老若男女誰でも意識を刈り取ることが出来てしまう」
「それってどうにかならないんですか……?」
「現段階で言えば、能力の抑制は困難だと言える。もう一つの能力、粛然たる剛力ダイティオーレに関しては年齢と共にある程度、コントロールすることが可能にはなった」

リアムはこの先の提案にも近い話をどう告げるか躊躇いつつも考えていると、それを察したのか千草の方から声をかけることにした。
正悟の役に立てるなら何でもする──そう決めてここに足を踏み込んだのだから。
正悟達のいる世界へ──。

「オレで出来ることなら何でもします」
「……率直に言おう。君の適応性はずば抜けていると私は考えている。報告通りならば正悟の能力をコントロールするのに役に立てるかもしれない」
「リアム様、けどそれは──」
「正悟、ここまで来たんだ。彼の気持ちを尊重しよう」
「先輩、オレをもっと頼ってよ」
「……分かった。千草がそう言ってくれるなら」

正悟の目を見てそう告げた千草に対して、正悟もその通りにしようと決めた。
リアムが何を言うかは検討がついている。
最初はそれを千草の重荷になるからと、出来れば巻き込まずに済めばとも考えていた。
しかし、リアムの言う通りだ。
ここまで連れてきてしまった──そして、千草にも協力する意思がある。
そうであれば正悟が拒む理由はない。

「千草くんには研究所ラボに行ってもらいたい」
「研究所……ですか?」
「そう。正悟が来週赴くことになっているから、よければそれに同行してほしい。そこで研究医が待っているから彼の指示を仰ぎ、正悟の力になってやってくれ」
「分かりました」
「さてと、話が長くなってしまったね。二人ともそろそろ戻らないと、日が沈んでしまいそうだ」

二人にそう告げたリアムは席から立ち上がり二人を送り出そうとするので、正悟と千草も帰り支度を整えてからそれに続いていく。
帰りは庭からも普通に出られたので、千草としては随分と短い庭のように感じた。
そうして屋敷の門まで来たところで、二人は行きと同じく黒衣の運転で禅の店まで戻ることとなる。
正悟が先に車に乗り込むところを見ると、リアムは千草に声をかけ少しだけ小さな声で呟いた。

「千草くん。これは私個人のお願いだ。統括者としてではなく、ただのリアムとして、正悟の力になって欲しい。あの子は本当の幸せを知らない、けどこれから沢山感じることは出来るだろうからね」
「──はい!オレ、頑張ります!」

リアムと話していたのは目で確認出来たが、その声は正悟に聞こえずに済んだようで、二人揃って車に乗り込んだ後、正悟に何を話していたか聞かれたが、千草は正悟には秘密にすることにした。

「リアム様と何を話してたの?」
「へへへ、内緒!」
「なんだよ、それ」
「いいだろ別に!」
「二人とも、出発しますよ」

二人は黒衣にそう言われると店に戻るまでの間、軽く手を触れ合っていた。
会話こそなかったが、十分千草も正悟も満足したかのように幸せそうな表情をしていたので、黒衣としても少しだけ安心したようだ。
願わくば、二人に原初の神の加護があらんことを──そう黒衣は念じて二人を無事に送り届ける。
千草と出会った当初は威圧感があったその空気も今では解いて、別れ際には微笑みながら挨拶をして再び黒衣は屋敷へと戻っていく。
千草も禅に挨拶をしてから帰宅すると、次の日から少し変化はあるだろうが、いつも通りの日常が戻ってくるんだと、少しだけ気持ちが高揚としていた。
先輩の力になる──口ではいつも言っているがそれが現実になる日が来るかもしれない。
そんな日が来るのを願いながら千草は今日も夢を見る。
いつか正悟が自由になれる日が来るように、と──。




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