いつかの未来
ふわっとしたスカートを履いて、柔らかい匂いの香水を見にまとって、きらきら光る太陽の下を、友達と笑いながら歩く。おしゃれなカフェで甘酸っぱいブルーベリーのパンケーキを食べて、お腹が膨れて満足したら本屋さんで雑誌を見て、この服かわいいね、この人素敵ね、なんて言い合って、日が暮れたら別れを惜しみながら別々の電車に乗る。

楽しいけど変化のない毎日にスパイスを与えてくれるのはお母さんから貰った帽子だった。お花の飾りがついていて、ちょっぴり色褪せたその帽子は、被ると不思議な光景が目に浮かぶ。私のおばあちゃんのおばあちゃんの、そのまたおばあちゃん、もっともっとその前からずっと受け継がれているらしいけど、お母さんに聞いてもおばあちゃんに聞いても誰も知らないって言ってて、ちょっとだけだけど、なんとなくだけど、その光景が見えることが自慢だった。ずっとずっと昔の世界で、私は軍の偉い人で、別の国だったり、お人形だったり、妖怪だったり、とにかく色んなものと戦う光景。最近友達の間ではやってる恋愛小説より、今まで聞いたおとぎ話より、私の知ってるどんなお話よりわくわくする。けど突然ぼんやり浮かんでくるから抜けてるところとかもあって、毎日身につけなくちゃ逃しちゃいそうで、またつけてるなんて笑われても毎日つけ続けてた。

そんな帽子を今日もまた頭に乗せて、鏡の前でくるりとまわる。ふわりと浮き上がってから落ちてくスカートも、完璧にブローしたおかげでまとまっている髪も、大好きなブランドの新作のグロスで光る唇も、全部素敵。今日はいつもよりもっと楽しくなるかもしれない。そう思って部屋から出ようとした時、ゆっくりとあの光景が浮かんできた。きっとお話の続きだ。この間は確か、ええと、そう、主人公が死にそうなんだ。ここからどんなどんでん返しがあるのか楽しみ!期待に胸を膨らませて、その光景に溶け込むように目を閉じる。

けれど、そこにあったのは、あっけない終わりだけだった。

ドラマみたいに展開するでもなく、主人公といつも一緒にいた二人が主人公が倒れてる前で泣いて、自分たちの帽子とお花をあげる、それだけ。そこまででぶっつり途切れちゃって、なんだか置いてけぼりを食らった気分。けどまた次に続きを見られるかもしれないから帽子はそのままで今度こそ部屋を出る。大好物のお母さんが作ったフレンチトーストをひとかけらだけつまんで家を出る。絶妙な甘さに蕩けそうになったけど、このあと映画を見に行ったら、一ヶ月くらい前にできたばかりのお店にジェラートを食べに行く約束をしてたことを思い出して少し後悔した。今日遊ぶ子ととは映画館でもキャラメルポップコーンを半分こにして食べることになると思うから甘いものだらけになっちゃう。

色々なことに思いを馳せているとふと今日の夢に出てきた名前を思い出す。主人公の名前といつも一緒にいた二人の名前、始めて知ったかもしれない。今までノイズが邪魔したり、ちょうど途切れたりして、まともに名前を聞いたのは初めてだった。


「月子さんと、マリアさん、かあ」


天使の方はそのままな感じがするけど、悪魔の方の名前はなんとなくしっくりこない。もっと長ったらしいカタカナの方が似合う気がするなあ。案外偽名だったりして。そんなことを考えているとふっと頭の上を風が通る。かすかな重みが消えて、帽子が飛ばされたのかと思って急いで辺りを見回す。後ろを見ようとした瞬間に視界に入った淡い桃色と夕暮れのような紫に息を呑む。

全身を見なくたって分かる。帽子を被っていたときにだけみえた、主人公のそばにずっといた二人。私のそばにいてくれた無二の存在。新しさも個性もない規定の服に血と土の匂いを染み込ませて、断末魔と怨念の渦巻く世界で、凶器を握って同胞と歩くだけだった日々の唯一の光。生きるために栄養となるものを口にして、軍や戦に関する書物だけを読み漁り、数え切れない別れに悲しみを抑え込むだけだった日々の、私がミルダだった頃の、大切な友達。
久しぶりに会えて嬉しいとか、ごめんなさいとか、今まですっかり忘れてたのに言うのはおかしいかもって、何かいうのは我慢したけど、どうしても色んな気持ちが抑えきれなくて、涙が溢れ出す。目の前に二人がいることが嬉しくて、嬉しすぎて苦しくて、ぎゅうぎゅう胸が締め付けられて、どうして忘れてたんだろう、なんで思い出せなかったんだろう、そんなこと考えても、どんどん湧き上がる喜びにかき消されてく。
伝えたい言葉は喉の奥につっかえて出てこないし、涙でぐしゃぐしゃになった顔は見せたくなくて、それでも二人の存在をこの手で確かめてくて、二人に飛びついて、思い切り抱きしめた。筋肉がないから力なんてないし、すっかり肌も白くなった。髪の毛だって長いしメイクだってしてる。昔より少し大人びただけであんまり変わってない二人と違って、私だけこんなに変わっちゃったけど、ミルダだって知ってほしくて、必死に力を込める。そんな私の腕の中で二人はふっと笑った。


「おはよう、ミルダ」

「ふふ、相変わらずお寝坊さんね」




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