キースと鈴娘がお別れ
珍しく静かなすずめを見ると、今日で本当に最後なのだと、明日にはこのアホ面は僕の隣にも前にも後ろにもおらず、こうして一緒に歩くこともなくて、馬鹿みたいに真っ直ぐな笑顔も見れなくなるのだと、少しずつ、心の奥底を蝕むように実感がわいてくる。

最後だからこそいつものようにぎゃんぎゃん騒いでくれればこんな下らないことを考えずに済んだというのに。見た目によらず怪力だったり、変な霊を手懐けたりするくせに、本当、こういうところだけは人間味に溢れている。

僕の記憶が、僕の中のすずめが切り取られならば、僕は早々に実家へ帰るのだろう。すずめがいたからこそ、初めて僕の絵を褒めて、理解してくれたすずめがいたからこそ、僕以外の人間には見えない対象を、誰にも理解されない肖像画をここで描き続けることができた。

もしもすずめがいなかったら、と今までにもしばしば考えることがあった。しかしいつどこで考えようと、きっと絵を描くのをやめていたという答えに辿り着く。誰にも理解されず、誰にも求められず、誰にも見てもらえない絵を描き続けることなんてきっとどんな偉大な絵描きだってできやしないだろう。


「なあ、すずめ」

「どうしたアルか?ダーリンから話しかけるなんて珍しいネ」


ゆっくりと僕の顔を見るすずめの目は少し赤くなっていて、妖怪がたかが一人の人間のために泣くのかと疑問に思ったが今伝えたいのはそこじゃない。


「泣け」

「アイ?」

「だから今すぐ泣け。目が赤いし昨日か今日泣いたんだろ?だったらすぐ泣けるはずだ」

「と、突然そんなこと言われても困るアル!」


僕たちの記憶が明日消される。この一週間そのことが一瞬たりとも離れず、頭の中が真っ白になって少しも筆が進まない日もあった。お互いのことも、あのアホどものことも、すべてなくなる。忘れるんじゃなくて消え去る、何もなかったように、真っさらに。当たり前のように僕の近くにいたすずめが、初めからいなかったように。

ずっと前から描き続けていたあの絵が完成することもなく、それを一番楽しみにしていたすずめに見せることもなく、中途半端に止まった絵だけが僕の部屋にぽつんと不自然に残る。それでもきっとリンドウの言っていた「記憶の改竄」によってしっくりとくる最もらしい理由をつけてどうにかなるのだろう。それが悔しい。それに抗う力を持たない自分自身に対しても悔しい。

何より、すずめが、鈴娘がいないことが寂しい。

今までなら誰かと面倒なことが起きたらあっさりと切り捨てるだけだったはずなのに、必死に繋ぎとめようとしている僕がいて、自分でも気持ち悪いと思う。それでも僕はこの無力感や、悔しさや寂しさを紛らわす方法を知らない。


「早く泣けよ、ほら」

「せ、せめて理由だけでも」

「僕だけが泣いてたらバカみたいだろ!」


全部初めてなんだ。誰かとずっと一緒にいたいだなんて思ったことなんてなくて、寂しいとか悔しいとか素直に思えることなんてなくて、こんなにも誰かを想うことなんて、今までなかった。
全て初めてなのに直面した問題が大きすぎて子供みたいに泣くことしかできない。いつ以来になるだろうかも覚えていないほど久々の涙は、僕のように何も出来ずにただ頬を流れ落ちていく。


「ダーリンが泣くと鈴娘も泣きたくなるアル……」

「泣けって言ってるだろ」

「でも泣いたらきっと止まらないアル!」

「奇遇だな。僕もしばらく止まりそうにない」


そう言うとすずめはぼたぼたと涙を落とし始めた。すずめも同じ気持ちでいてくれているのだろうか。悔しいと、悲しいと思ってくれているのだろうか。そんなあほらしいことを考えるとまた涙が溢れ出す。


「すずめ、僕は嘘が嫌いだ」

「散々思ったことはっきり言っておいてウソつき言ったらそれこそウソつきネ……」

「そうだな、そんな僕が一つだけ約束する」


正直もう今回のことは諦めてる。悪魔も天使もリンドウに太刀打ちできなかったらしいし、その上司のような存在もリンドウの行動は見て見ぬ振りをしているそうだ。こうもどうしようもない状況に置かれて諦めないやつの方が馬鹿だ。

だけど僕は全てを諦めたりはしない、絶対に。


「お前がどこに行っても、何をしてても、顔が変わってたとしても、お前がお前である限り絶対に見つけ出す」

「ダーリン……」

「だから安心してその脳天気な面を直しておけよ」

「酷いアル!」


なんとなくおかしくなってお互いに笑いあう。こんなよくあるであろうことなのに少しだけ、心臓のあたりが暖かくなったような気がした。




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