「あなたの瞳はすごく美しいわね。まるで、宝石のようだわ」
紅い瞳が月の光を含んで淡く輝く。温度のないその瞳が獲物の姿を捉えた途端、その目と同じ紅が彼を濡らした。髪にかかったそを鬱陶しそうに振り払い、その匂いがこびりついたマントを翻し、再び歩き出す。その背には息絶えた人だったものと、血液の滴るピンと張ったワイヤーだけが残り、生はなかった。
「あなたの手が大好きよ。その手に両手を包み込まれるとすごく安心するの」
何かが近づく音がしたがすぐに止まり、間近のワイヤーが震えた。右手を添えて指先で揺れを確認するも、すぐに収まり、再び静寂が訪れる。わざわざ向かわなくても間違いなく事切れたあとだろう。そうして彼は何も見ないまま前へと進む。躊躇することなくワイヤーの元をナイフで断ち切り、張り巡らされた糸が獲物とともに落ちる。彼が去ったその場には、崩れた肉塊だけが残り、慈悲はなかった。
「あなたの足音はすぐに分かるの。あなたが来たんだって、嬉しくなるのよ」
息絶え絶えに、最期の力で伸ばす手を、その最後の希望を掴もうとする指先を踵で踏みつけた。鉄の板が仕込まれたブーツは大層痛いだろうに、呻き声しか漏れなかった。果たしてそれがもはや大声をあげられない彼の叫び声だったのか、痛みを感じなくなってきているのかは、誰も知らない。だが知ったことではないと言わんばかりに彼は歩き出す。そこには彼がいた跡も、彼がいなくなる音すらもなかった。
「あなたの笑顔は素敵ね。まるで、月のように静かで、それでも美しいの」
その言葉に男は言葉ではなく笑みを返す。女は嬉しそうに笑いかえし、いつものように話を始めた。今日起こったこと、今日食べたもの、今日見た景色。女は言葉や相槌が返ってこなくても、そこに男がいて、同じ場所にいて、こうして耳を傾けてくれているだけでよかった。男はただ優しく笑って聞く。自分には声がない。だからこそこうして自分が作り出す静寂を埋めてくれる女の話が好きだった。多くの屍を積み上げようが、慈悲の欠片もないと言われようが、女の前に立つ男は柔らかい表情をする。その胸の中には男に巣食う恐ろしい獣の姿はなかった。