キースと鈴娘
近頃、ダーリンがずうっと籠りっぱなしで面白くない。何かと理由をつけて外に誘い出そうとするも、気づけば一人で外に放り出されている。さらに言えばいつからか絵を見せてくれなくなった。真っ白なキャンパスに色が乗る瞬間を見るのが至福だったのに、最後に見たのはずっと前。


「旦那様ー、暇アルー、鈴娘寂しくて死んじゃうネ」

「寂しさで死んだら世界初だろうな、おめでとう」

「なんで祝うアル……」


自分からすればほんの一瞬のような時間で、それでも人間からしたら長い間一緒にいてわかったこと。普通の人には見えないものが、影まではっきり見えること。自分の描く絵が好きで、馬鹿にされると不機嫌になること。新しい筆が自分の手に馴染むと、少しだけ雰囲気が柔らかくなること。自分のことを話すのは嫌いだけど、質問すれば冷淡でも少しだけ話してくれること。きっとわたしはこの学園の中で、誰よりも彼と仲がいい。それは自惚れじゃなくて、本当にそうだと思う。それでも、言葉を返してくれるようになっても、気持ちまで混じることはなかった。


「ダーリン冷たいネ、鈴娘はダーリンの絵が見たいアル!」

「ふうん」

「最近青の減りが早いネ!青は鈴娘の色アル、ということは見る権利もあるアル」

「へえ」

「……聞いてるネ?」

「ほう」

「…………」

「覗こうとするなクソ野郎」

「ぎゃ!」


容赦のない平手が飛んできて、そしてすぐにまたキャンバスに向かい合う姿を見て、少しだけ笑えた。キース・エルフォードとはこういう人間だ。妖怪相手に物怖じせず、こうして同じ場所から同じ世界を見る。それが暖かくて、心地よかった。


「ダーリン、大好きアル」

「残念ながらマゾヒストを愛する嗜好はない」

「別に平手打ちされたからじゃないヨ!」


この距離感が好きで、この声が好きで、この一瞬見せる呆れたような笑顔が大好きで、終わりが来ることを、冷たい疫病草が終わりをもたらすことを、本当は分かっているのに、それなのに、ずっと、ずっとそばにいたい。わたしの予言は外れない、絶対に。それでも一緒にいる未来が見えない。優しい世界が見えない。幸せな二人が見えない。ぎゅっと膝を抱くと、結った髪が揺れて、頬をくすぐる。全てが元通りになった世界で、彼はどう思うだろう、わたしはどう生きるだろう。出るはずのない答えを探してため息をつくと、舌打ちが響いた。


「僕の側で拗ねるな、鬱陶しい」

「旦那様が辛辣すぎてつらいアル」

「この絵が完成したら、」

「完成したら?」

「一番に見せる、多分」


こちらには視線を送ることなく、言い放ったあとには筆を動かすかすかな音だけが聞こえる。その絵が完成する未来も、わたしがその絵を見る未来も見えないことを飲み込んで、ただその言葉を喜ぶわたしには、そのキャンバスで微笑むわたしの影には気がつかなかった。




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