「殺す」
物騒な言葉に顔を上げると、いつもの強気な笑みでも、作戦を練る時に浮かべる不敵な笑みでもなく、無表情でモニタを叩き割るヨモちゃんだった。勝手に部屋に居座ってたからだろうか、それともヨモちゃんのファンが用意してたクッキーを食べたのがばれたから?はたまたヨモちゃんのお気に入りのカップを割っ……たのはすぐにばれて怒られたから違うはず。じゃあ何が、っていっても思い当たる節が多すぎて分からない。ついに短鞭を持ち出したヨモちゃんに焦りを覚えるけれど、すっと扉の方へ歩いて行ってしまった。
「え、ま、待ってよ、どうしたの?」
「私のところの塵がクラッキングを許してメインデータの到達直前までいって特殊な壁があったから止められたとはいえそこまでに対処できる箇所は十七もあったのに全部逃したから十七回殺す」
「ノンブレス怖いよ!落ち着いてよ!深呼吸深呼吸!」
「うるさい、殺す」
生まれもったコンパスの違いがすぐに差を作る。その差がどんどん広がっていって、ついにはおそらく失敗したであろう人物とヨモちゃんの接触を許してしまった。やっちゃったなあと恐る恐る二人を見ると、部下くんも同じような表情をしていた。鬼だの女王だの呼ばれているヨモちゃんに見下されているからもちろんだと思う。ヨモちゃんは冷ややかな目をしたまま艶のある唇を開いた。
「最近、ああいうこと多いのよね」
「く、クラッキングであ、ありますか……?」
「はあ?私の作った壁を馬鹿にしているの?」
「あ、い、いいえ!そういうわけでは!」
「そもそもクラッキングを防げない程度の教育はしていないわ。あるとすれば、そうね、どこかの国から来た内部破壊目的の愚か者かしらね」
ねっとりと絡みつく甘い声がこの空間に蔓延るように溶けていく。ヨモちゃんの目はぞくりとするほどに暗く、濁っているように見えた。短鞭の持ち手で部下だった男の顎を持ち上げて、闇を抱いた瞳のまま、笑った。男が慈悲を求める表情を浮かべた瞬間鋭い音が響く。
「残念でした、あの奥にあるのはあなたの欲しい情報じゃないわよ」
倒れこんだ男を一瞥するとヨモちゃんは踵を返してしまった。これはもしかして押し付けられたのかと思って武器を取り出そうとしたが、微かにスタンちゃんの気配がして握りしめたナイフをそっと戻す。可哀想に、少なくとも二時間はスタンちゃんとお話かあ。ヨモちゃんに追いつけないことは分かっていたからゆっくりと歩いて戻ろうと思ったけど、いまあの部屋に戻っても残っているのは無残なモニターだけな事を思い出して、走ってヨモちゃんの元まで行き、軍服の裾を掴む。
「ヨモちゃん」
「なによ」
「ご飯食べに行こうよ、クレープ屋さん来てるんだって」
「お前の奢りね」
「え、えええ……あ、じゃあ奢るからあの先にはなんの情報があるのか教えてよ」
「お前の今の貯金の額とこれからおおよそ稼ぐであろう額とお前が生涯で食べるであろう間食の質と量とそれにかかる額についての計算式」
「そ、それはダミーにしてはあんまりじゃない?」
「そうかしら」
いつものように不敵に笑うヨモちゃんの目は青く澄んでいて少しだけほっとする。あんなのやつなんか忘れちゃえばいいと思う。それならアンジェと笑ってる方が楽しいと思う。少しだけ狭くなった歩幅に嬉しくなって、ヨモちゃんの腕をぎゅっと抱きしめた。