トン、トン、と細く長い指が急かすように机を叩く。やめろと視線で訴えるが、ふいと顔を背けるだけでその音が止むことはなかった。その姿に苛立って、声にならない声で啼いている犬の首輪を締め上げると、懇願するように喘ぐ。その声に反応して、垂れ下がった眉をきりりと釣り上げたアントナがこちらにびしりと指を突きつける。
「スタンちゃん、八つ当たりは、めっ、だよ」
う、る、さ、い、と唇だけで紡いで、べえと舌を出してやる。躾に失敗したのもこちらに押し付けたのもシトドの方で、こっちにその始末が回ってきただけだというのに、それに加えてこの中途半端な正義感の塊にいちいち指図されていたら堪らない。少し首輪を緩めて何度目なのか分からないほどに見せた紙を眼前に掲げる。楽になりたければ吐け。それだけしか書かれていないがこちらの望みは始めも今もそれだけなのだ。
「ここまで粘られると感心を通り越して腹立たしくなってくるわ」
爪も、牙も、目も、自分を殺す手段も、もうないというのに、楽になるには全てを吐き出すしかないというのに、この犬はシトドの言うように腹立たしいくらいに、アントナが言うところの「スタンちゃんとのお話」に耐えていた。最初にこの部屋に来た時に放った威勢のいい挑発から、声があるのはわかっている。それでも、がしがしと歯を噛み合わせて鳴らすほど恐怖に塗れても、飼い主の情報は欠片すら言うことはなかった。
「隠し通せているつもりなんでしょうね、愚かな豚め」
「西の、ええと、国の名前忘れちゃったけど、多分あそこの子でしょ?」
「でしょうね」
ヨモが紅茶を流し込み、アントナが真っ赤なマカロンを口の中に運ぶ。その会話を聞き、光景を見た犬の表情はなんとも滑稽で、哀れだった。何も知らないからこうして吐かせようとしているとでも思ったのか。ただ、裏付けが欲しかっただけだというのに。犬は全てを諦め、そして受け入れたように、塞き止めていたものを失ったように、涙を流して話し始めた。西の大国のスパイで、主に情報部隊についての情報を流し、数年後にユオに攻め入る目的を掲げていること。全てを話した男に興味が失せたのか、シトドが部屋から出て行き、アントナが追いかけるように続く。男をただの肉に還し、イチミに通信で任務を送る。イチミは気だるそうに、それでいて嬉しそうに通信を切った。きっと明日には、この男だったものが守ろうとした全てなくなっていることだろう。