「ごめん、きみのこと、本気にはなれない」
一言ひとことが、きみに届くたび、すごく悲しそうな顔するから、何も見ないように目を閉じた。それでも聞こえる謝罪の言葉と、何に対してかわからない感謝の言葉と、すん、と鼻をすする小さな音が、ぼくを押し潰そうとする。今までずっと、泣かせたことなんてなかった。これからだって、泣かせたくなんてなかった。そっと離れていく足音を聞き届けて、ステンドグラスを背にずるずると座り込んだ。どうして、ぼくは神なんだろう。こんなに苦しい思いをしてまで誰かに愛を振り撒かなきゃいけないなら、本当に大切な人に愛を捧げられないなら、なんの力も、取り柄もない、ただの人間になりたかった。誰かを一途に愛せるひとになりたかった。ベアトリーチェ、と掠れた声で名前を紡いでも、その声に嬉しそうに返事をする人はいない。悔やんでも、泣いても、優しく涙を拭ってくれる人はいない。全てを捧げたいと本気で思える、愛しい人は、もういない。
「兄さま、お話が」
かつ、かつ、と近づいてくるメートヒェンをに止まるように手のひらを見せる。メートヒェンはぼくの様子がいつもと違うことに気がついたのか、そっと立ち止まり、優しく、母が子に語りかけるように話しかける。
「どうしたんですか、なにか、悲しいことでもありましたか。それとも、怖い夢でも見ましたか」
僕だけの悲しみならどれだけよかったか、夢ならどれだけよかったか。最低なことをした。酷いことをした。幸せにできないことを知っていたから突き放した。それでも他の誰かと隣を歩いている姿が想像できなくて、頭の中の片隅でどこか彼女を追い求めていて、ぼくが彼女の気持ちを踏み荒らした事実だけが刃物のようにぼくの胸を突き刺す。ぼくより、彼女の方が悲しいことは分かっているのに、わがままで幼いぼくは、どうしても傷つかずにはいられなかった。
「ねえ、メートヒェン、ぼくはね、みんなに愛を捧げなきゃいけないんだ」
「はい」
「与え続けることがぼくの存在意義であって、幸せなんだ」
「……それは、」
「でも、それなのに、どうしてこんなに苦しいんだろうね」
顔を覆って息を吐き出そうとしても、声も息も喉の奥でつっかえて、手のひらをじんわりと濡らすだけだった。ベアトリーチェも、泣いているだろうか。優しい彼女のことだから、ひとりで、誰にもその姿を見せないまま。なんて言ったら、彼女を傷つけずにそっと離れられたんだろう。どうすることが正しかったんだろう。女々しいことに、情けないことに、自分から引き起こした失恋に、胸が張り裂けそうだった。メートヒェンはそんなぼくを見て、怒りを押し殺すように震えた声でぼくを諭す。
「兄さま、私は、わたしなら、絶対に我慢なんてしません。もしも私が永遠の命を持つ存在になったとしても、絶対に、自分の気持ちだけは譲りません。わたしは、ですけど」
メートヒェンはそれ以上何も聞かず何も言わず、そっと帰っていった。ぎい、と思い扉が閉まって、差し込んでいた白い光が消える。残るのは淡い色を乗せた影と、ちっぽけな神だけだった。涙で濡れた手を解いて、顔を上げると、優しく揺れる光が目に入って、それでもそれを一緒に見る人がいなくて、さらに苦しくなる。ぼくのしたことは、ぼくの立場からしたら間違いじゃなかった。正しかった。だからこそこのままじゃいけない。立ち止まってちゃいけない。進まなきゃいけない。
▽
「ベアトリーチェ!」
教会の敷地から出たのは初めてだった。息苦しくて、目の前が霞んで、頭がぼうっとする。それでもあの泣き顔が離れなくて、あの悲しそうな声が離れなくて、またきみの美しい瞳にぼくを写してほしくて。ごめん、最低だって自覚はあるんだ。それでも、やっぱりきみには、笑っていてほしい、他でもない、ぼくの隣で。