ジルくん練習
「アントナせんぱあい、オシゴト終わりましたあ」


もともとの身長と、それから分厚いヒールでかなり上から飛んでくる声に顔を上げると、黒とピンクのツートンカラーと、病的なまでに青白さが特徴的な、部下のジルが上機嫌そうに立っていた。とはいえくっきりと残る隈はいつものように目元にあって、腕の縫い跡は真新しい糸になっているもののいつもと同じところに並んでいる。腰にやった左手には血に塗れた針が握り締められていて、頬に当てた右手には黒いネイルの上にうっすらと赤い何かを拭き取った跡がある。
彼はとある縁で出会い、この医療部隊で上司と部下という関係に至ったものの、今回の仕事、言ってしまえば裏切り者の暗殺だったのだが、どうにもそう、そちらの方が向いている気がする。しかしアンジェはそれを口にすることはせず、労りの意味を込めた飴を握らせる。


「お疲れさま、ジルちゃん、ありがとうね」


精一杯背伸びをして頭を撫でてやると、照れ臭そうに目を細めて少し身をかがめた。その手にはしっかり先ほどの飴が握られている。一人ひとりの自己主張もとい個性が強すぎるこの軍においては素直なほうで、実力も申し分ない。今はまだ低い地位にいるがすぐに昇格して、自分の近くまで来るだろう、とアンジェは常日頃から思っていた。……ただ一つ、薬物中毒であるところを除けば。


「今日はもう休んでいいよ、あとはアンジェがやっておくから」

「はあい、お疲れさまでしたあ」


焦点の合わない目をあちこち忙しなく動かし、ようやくアンジェを写したかと思うとくるりと踵を返す。覚束ないわけでもないが少し不安定さを感じる足取りでジルは部屋へと戻っていった。唯一の短所とばかりに言ったが薬物中毒であること以外にも、その足元を彩る、色の合わない靴を気にしないところにも問題があるかもなと、遠ざかる姿をアンジェはぼんやりと眺めていた。




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