20150303
人間になるずっと前、この世に生を受けたとき、綺麗な母親が微笑んでいるのを認識した瞬間、きっと幸せになれるんだと、理由もなくぼんやりと思ったことを、今でも覚えている。その勘はあてにはならなかったけど。

「(ハッピーバースデー、トゥー、ユー)」

机の隅に押しやった書類がぐしゃぐしゃになっているのを見ないふりをして、ケーキの上でゆらゆらと揺れる蝋燭の火をぼんやりと見つめる。バースデーといえどもただアンジェ・アントナがこの世に生まれただけで、本当の誕生日でもなければ、めでたくもない。ただそれでも、アンジェがこの世界に立つために犠牲になった多くの人のために誕生日は大切にしなければいけない気がして、自分自身を愛さなければいけない気がして。ケーキの上に蝋が垂れ落ちるのも厭わず、真っ暗な部屋の中、自分のために色々なものを失った多くの人に向けて、ゆっくりと歌い上げる。

「(ハッピーバースデー、ディア、)」

黒い髪の親子はいまどうしているだろう、青い目の少年と少女は元気にしているだろうか、優しい声の幼女は生きているだろうか、白い肌の青年は今もどこかで、笑っているだろうか。思い出せるだけでもたくさんの人間が口に出すことすら憚られるようなことをされた。自分が、ここに、立つために。父親が悪かったとも、望んでいなかったとも、この口で言えるはずもないけれど、こんなこと、望んではいなかった。誰かを傷つけるくらいなら、あのまま、怪物として生きていてもよかった。ふとした瞬間に現実が重くのしかかって、罪悪感に苛まれて、悪夢にうなされて、泣きたくなって。

ふう、と火を吹き消してそのまま机に顔を伏せた。甘い匂いが胸の中いっぱいに広がるから、何も考えなくても幸せな気分になるから、悲しい。自分のために永遠に眠りについた人たちも知ることができたはずの、小さな幸せを、いま、独り占めしている。







どれだけそうしていたかは分からない。こつりと小さな音が聞こえたのを機会にしてゆっくりと体を起こす。反応を待ったけれどノックもなく、チャイムも鳴らない。それどころか足音は遠くなる。そろりと音を立てないように部屋の入り口へと向かうと、ドアの下に紙が差し込まれていた。外からうっすらと射す光を頼りに見ると、整った字で、小さく、今日を祝う言葉が並んでいた。誰が置いていったのかわからず、相手がいなくなったことを知りつつもドアを開けると、部屋の前には白い箱が置いてあった。見覚えのあるそれは自分で作ることができない日に買いに行くマカロンのセットで、普段ならこんなものすぐに捨てるのに、誰かが毒を仕込んでいるかもしれないのに、玄関のドアを背に、泣きながら、貪るように口の中に押し込んだ。
このお店のマカロンのことは、一人にしか教えてない。いつか一緒に行こうって、ただ一度だけ、それも一方的に告げただけだったのに。

ありがとう、ヨモちゃん、苦しくて、悲しくて、色んな人に申し訳なくても、やっぱり、生きててよかったって思うよ。




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