リンリナのひみつ
メンテナンスと称して、エメリナに退室してもらった。私たちのメンテナンスはお互いに見ていて気持ちのいいものではない。昨日まで繋いでいた手を外し、共に隣を歩いた足を取り替え、愛しい相手を映す瞳を抉り出す。痛くも痒くもないけれど、相棒の腕が、足が、ゆっくりと胴体から離れていくさまを見届けるのはつらかった。お互いにそれは味わっているし、その悲しさをこれ以上味わってほしくないからこそ、メンテナンスは一人一人でやろうという、暗黙の了解だった。「何かあったらモニカを呼ぶから」と少し寂しそうに告げたエメリナを思い出して、少し、胸が騒いだ気がした。

そうして一人で佇むのは、二人ですごすには少し狭くて、一人でいるには少し広いテント。お気に入りのアンティークの椅子が二つ寄り添っているのを見ると何となく虚しくなる。早く終わらせてしまおうと人間が普段着ている服よりよっぽど高価な服に手をかける。子供が着せやすいように作られた服は脱ぐのも容易くて、サスペンダーとズボンを落とせば、シャツからブーツの間に伸びる脚の、色のない肌が鏡に映る。

肩の調子がおかしいね、とレオンに言われて意識してみれば、昨日よりも上がっていなくて、そろそろ替え時かとぼんやり思ったのがついさきほど。わけあってあまり自分の胴体を見たくはないから放っておきたかったけれど、万が一それが原因でエカテリーナ様を助け出すのが遅れたり、演目の最中でエメリナの手を掴み損ねたらと思うと、それくらい我慢しなくはいけないと思って、今に至る。

けれどこうしてシャツを開くたび、腹部に走る大きな傷が覗くのは、やはり気持ちのいいものではない。

私たちが唯一取り換えることのできない、腹部と胸部。左の脇腹に大きな傷ができたのは、志を共にして、ウトーピッシュという箱庭を作ってから数日のことだった。痛覚のない私にはいつできた傷なのか正確なところは分からないけれど、シャツを脱いだ瞬間目に入ったこの傷に、絶望したことだけは確かに覚えてる。取り換えられないパーツに傷が入ったことで、エメリナと一緒じゃあなくなった。他の個所は全く一緒なのに、ここだけ、ここだけが違う。この傷が、私たちを遠くする。ただでさえ一つになれないのに、どんどん、遠ざかる。

言ってしまいたい、気づかれたくない。この傷ごと受け止めてほしい、知らないままでいてほしい。それでも好きだと甘く微笑んでほしい、それじゃあ駄目だと戒めてほしい。私の中を回る葛藤はきっとこの世の誰にも、人間はもちろんレオンにもイリスにもモニカにすらも理解されないもので、ひとりであるという事実が私の心の内の、無防備で脆いところばかりを強く抉っていく。

自分のせいだと分かっているのに、もうすでに戻れないところまで来ているのだからこうして悩むことなんて無駄だって理解しているはずなのに、それでもあと一歩を踏み出すことが出来ない。分かってる、本当は全部気付いてる、私の相棒はこんなことで私を嫌いになったりしないし、見捨てたりしない。そんなこと気にしないよ、私はエメリンが大好きよ、なんて言いながら私を抱きしめて、頭を撫でてくれるの。分かってるのよ、全部分かっているけれど、こうしてテントという布の壁を隔てるだけでも寂しくてどうにかなってしまいそうなほどに愛しくて、愛おしくてたまらない相手が、万が一に吐くかもしれない別れの言葉が聞きたくない。

ぱっくりと口を開く傷を撫でれば少しだけ空気が入り込む。ひやりとした新鮮な空気がすっと頭まで回って、私はそれを口から吐き出した。こんなところで人間らしくなれるくらいなら、それこそ人間らしく傷が跡形もなくなおってくれればいいのに。





叶うことのない願いを息と共に吐き出す少女が一人立ちすくむテントの外で、フリルの踊るシャツの上から胸元をなぞる少女が俯いていたのは、誰も、知ることはない。




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