そっと綱に足を乗せて、ゆっくりと体重をかけてゆく。ぎしりと軋んで揺れる綱と、食い込むヒールをぼんやり眺めながら、一歩、また一歩と進む。あちら側へ辿り着いたとしても得るものは何もない。そもそもこのサーカスに本当に意味があるのかだってわからない。もしも私たちが、あの牢獄のような城からエカテリーナを救い出せたとして、彼女を自由にさせることができたとして、きっとその先の未来には、広い世界に降り立った彼女の手の中に、私たちはいない。この国も、国民たちも、地位も権力も財産も全てを捨てて、私たちのことを忘れて、どこか遠くへ、声の聞こえない、姿の見えない、便りの届かない、そんな場所へ行ってしまう。そんな中で、私たちの手を引いていってくれるとは思えない。私たちは中途半端な生を与えられたまま、この帝都に残されるだけ。
「(それならいっそ、あのままで、)」
レオンたちのように割り切ることができない。エカテリーナが自由になればそれでいいなんて、正直、思えない。髪を撫でて、服を整えて、モニカは美人ね、なんて微笑む彼女と、ずっと一緒にいたいし、飽きるまで、ずっと着飾ってほしい、愛でてほしい。それでも彼女がどうして私たちに魂を与えたのか、私たちは何のためにこうして生きているのか、理由はわかってる。彼女は私たちではなく外の世界を選んだ。それだけ。だからこうして流れに身を任せて、知らない人間に愛想を振りまいて、エカテリーナのために、エカテリーナの自由のために、無理やりにでもそう思って、終わりの見えない道を進んで。
「(あのままでいられたらよかった)」
エカテリーナの夢を叶えてあげたいとは思うし、あのぬるま湯のような生活がずっと続くことを望めないことは知っていた。本当は、ずっと前から、私たちじゃ駄目なんだろうって考えはかすかに芽吹いてた。でもこうして、エカテリーナの自由を渇望する心が私たちを人間にしたとき、本当に私たちじゃエカテリーナの心を埋められないんだって、確信せざるをえなくて。
向こう側に辿り着いて、傘を閉じて、スカートの端を掴んで、片足を引いて、微笑む。盛大な拍手も、大きな歓声も、全部、全部、耳障りで、頭を下げたまま小さく舌打ちをする。私が欲しいのはこんなにも騒がしくて煩わしい賞賛じゃない。ただ一人の一言だけ。でも、その一言を、もう二度と、聞くことはない。